A BRAN-NEW WAVE

正統派・ヴィエノワズリーが物語るニューエイジ

コーディネイト:鈴木純子 編集:kontakt
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正統派・ヴィエノワズリーが物語るニューエイジ

フランス屈指の名シェフであるアラン・デュカスのお墨付きのブーランジェリー<Du Pain et Des Idées(デュ・パン・エ・デ・ジデ)>は、良質店が軒を連ねるサン・マルタン運河近くのパリ10区にある。行列嫌いのパリジャンが並んででもその味を求める人気店のブーランジェ、クリストフ・ヴァスールは、その経歴も特異だ。

「子どもの頃からパンが好きで、大人になってからもいつも心の中にはパン職人への強い憧れがありました」

医者の両親の元で育ったクリストフは、パン職人への憧れを抱きながらも親の願いもあって学生時代は学業に専念。大学まで進学し、卒業後は貿易関係の仕事で躍進を遂げ、役職者に上り詰めるまでの才覚を現す。だが、30代に入り、ふと心が満たされていないことに気が付いたという。もっと自分にとって大切なものを生み出したい。彼は、幼い頃から心に描き続けたパン職人という夢を諦めきれなかったのだ。

パン職人への道をスタートさせたクリストフは、製菓学校へ入学。しかし「自分が学びたい肝心なことは何も学べなかった」と当時を振り返る。2週間だけ在籍した後、パリのとあるパン屋で3週間基礎を習得すると、あとの90%は独学で身につけたというのだから驚きだ。

「幼少期に食べた美味しいパンの記憶と、自らの情熱とアイディアを持って自分らしさが表れるパンを作り続けました」

クリストフの記憶と情熱が生み出したヴィエノワズリーの数々は、創造性に富んだ一級品だ。そのクリエイションを象徴するのが、渦巻き型を特徴とする『エスカルゴ』。じっくり寝かせて折り込んだクロワッサン生地と、クリストフの閃きから生まれる季節ごとの果物やナッツとの絶妙なマッチング。さらに、それぞれの風味に合わせて炊き上げる自家製のカスタードクリームとのハーモニー。それは、五官を通じ“記憶に残るパン”として創造されている。

そのクリエイションの基礎となるのが、徹底した素材選びと昔ながらの製法に倣った発酵から焼き上げプロセスに至るまでのこだわりだ。素材は、環境に配慮し誰もが安心して口に入れられることを第一に、有機農法で育てられた食材を取り入れている。しかし、自然のままであることは手間がかかること。例えば、こだわりの有機小麦。天候などでコンディションが異なる非常にデリケートな素材は、日々の微調整を怠れない。

そして特長的なのが、発酵時間の長さだ。伝統的な製パン技術に倣い、厳選された良質な素材それぞれが持つアロマや味わいを最大限に引き出すため、発酵には30時間以上を費やしている。手間を惜しまず丁寧に成型したパン種は、今やフランスでも希少になった石床式のオーブンで、じっくりと焼き上げるのだ。

「嘆かわしい事実ですが、微力ながらも本物の伝統技術を次世代に継承していきたい」

さて、話題は創造のこだわりからフィロソフィーの根幹へと移る。
クリストフが第一に掲げるのが「“ヴィエノワズリー”というフランスの伝統であり芸術の継承」だ。ヴィエノワズリーとは、クロワッサンに代表される酵母発酵させたパン生地、またはペイストリー生地を焼いた菓子パンの総称を指す。フランスの製菓学校では30年以上も前から、伝統的なクロワッサンの製法技術を教えなくなっているという。加えて、約1300店舗あるパリのブーランジェリーのうち、85%もが工場生産のクロワッサンを販売しているという。クリストフは、この現状を危惧しているのだ。

徹底した素材へのこだわりは、環境への配慮の現れだ。旬の食材であり、出来る限り地産地消を目指すことは、環境負荷を軽減し環境コストを下げることにも繋がる。小規模ながらも自然に敬意を払い、誠実な生産者の素材であること。さらに、小麦の生産者とは共同で古代品種の保全活動にも取り組んでいる。

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about him

Boulanger
クリストフ ヴァスール

1967年、フランス生まれ。2002年、パリ10区に「Du Pain et Des Idées(デュ・パン・エ・デ・ジデ)」をオープン。店のスペシャリテとなったパン・デザミは「アラン・デュカス・オ・プラザ・アテネ」「Passage53」「Restaurant Saturne」など、多くの著名なガストロノミーレストランに提供。フランスの権威あるグルメジャーナル「Gault et Millau(ゴー・エ・ミヨ)」にて「ベストブーランジェリー・オブ・パリ2008」、グルメガイド「Pudlo(ピュドロ)」にて「ブーランジェリー・オブ・ザ・イヤー 2012」など受賞歴多数。


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