INFINITE MEETING WITH MOVIE

若木信吾さんの人生を豊かにする映画の話

写真:小林直人 カバーデザイン:菅谷幸生
文:黒澤卓也 編集:kontakt
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若木信吾さんの人生を豊かにする映画の話

さまざまな分野で写真家として活動する傍ら、近年では自らメガホンを取って映画を製作するなど、多彩な才能を発揮している若木 信吾さん。映像を扱うプロである彼に映画と雨の関係について聞くと「虚像と願望」という答えが返ってきた。その真意について、そして彼が映像に託す想いや映画との向き合い方を訊いた。

映画に見る雨の役割

人はなぜ映画を観るのか? それは自分の人生だけでは体験できない物語を知るためだと思う。映画のストーリーや登場人物に想いを重ねながら彼らの人生を疑似体験する。その体験は自らの人生の一部となり、何物にも変え難い糧として心に残っていく。セレクトだって無限大だ。若木さんにとって、映画は人生の一部と言えるもの。日々、映画を見てから仕事に向かうという習慣を持つ彼の事務所では、多様なジャンルのタイトルを目にすることができる。「この時期の雨って湿気がまとわりつくから、ついついカラッとした映画を観たいという人が多いと思いますが、雨は憂鬱な気持ちを与えるだけが役割ではないと思うんです。それは、いろいろな尺度を与えたり、撮っている側もさまざまな作用が生まれる装置として使われていたりします。例えば感情をより豊かに、激しく表現するために、敢えて雨がなくても成立するシーンで使うことで主の気持ちや人物像がより引き立つこともある。もちろん、沈んだ気持ちなどをストレートに表現するときもあります。映画にとっての雨は、さまざまな役割を担っていると言っていいでしょうね」。映画だからこそ感じ取れるさまざまな雨の役割。現実の雨は誰もが体験したことがあるからこそ、映画では新しい尺度で表現する。その発想が映画をより面白くする役割となるのだ。

虚像と願望。だからこそ惹きつけられる

「映画ってある意味虚像だからこそいいものだと思える部分ってあったりしますよね。単純にそんな展開ありなの? と思えるようなものでも、どことなく納得できてしまったり、そのエンターテイメント性を楽しんでいたりと嘘の部分に魅了されることもある。それに虚像だからこそ表現出来ることだってたくさんあります。それは前述の雨の尺度にも通じて言えること。普通に考えたらどんなときだって濡れたくはないはずですから(笑)。何かタブーを犯したいという願望が映画のなかの雨には込められているのかも知れません。子供の頃、水たまりを踏んで弾きたくなったりした感覚に似ているのかな。装置としての役割以外にも雨には、敢えて何かをさせてしまう欲望が潜んでいるのかもしれません」。やってはいけないことだからやりたくなる。子供のような好奇心旺盛なその遊び心は映画にとって大切な要素であるのは間違いないのだろう。

雨と向き合い、戯れる

「雨って外にいるときは気づかないけれど、部屋に中にいると家や木々、地面などに当たる音が音楽のようにリズムを刻んでいるみたいですよね。偶然が生む音というのは案外心地よかったりします。あと、雨の日に屋外プールに入るのも好きなんです。同じ水だけど、プールの水と空から降ってくる水って違うものじゃないですか。その二つが交わる感覚が好きなんですよ。それにこの先、たとえ70歳ぐらいになって雨に濡れたとしても、それを楽しめるような体力と精神でいたいと思いますね。雨に降られながら写真や映画を撮ってみたりするのもいい。カメラなんて濡れて壊れてもいいじゃんって。そんな姿勢を持ち続けられたら面白いですね」。若木さんが雨を自由に捉えることができているのは、少なからず今まで見てきた映画による体験談がもたらしているのではないだろうか。感情を表現する雨、音を鳴らす雨、願望の欲が詰まった雨。さまざまな雨のかたちを疑似体験してきた彼だからこそ、雨に対して一つの視点に捕われることなく向き合うことができているのだろう。「見たい映画は尽きない」と言う彼のように、映画を通じて無限にある誰かの人生を疑似体験し、さまざまな視点や思考を持ち得ていくことで、自身の人生がより豊かなものになるはずだ。

若木さんが選んだ雨にまつわる3作品

01.『雨に唄えば』
(監督:ジーン・ケリー、スタンリー・ドーネン/アメリカ/1952)

雨に唄えば幸せを強調する雨という装置
「これは1952年に作られたミュージカル映画です。サイレント映画から音声映画へと移り変わる時代の話をミュージカルで表現した内容で、映画史に残る名作のひとつと言われているもの。著名なタップダンサーで、監督でもあるジーン・ケリーの代表作でもあります。タイトル通り、雨が要所に使われていてなかでもジーン・ケリー扮する主人公とヒロインの恋が成就した雨のシーンが印象的ですね。恋が叶い、女性を家まで送っていった後、一人帰路につく主人公が雨のなか唄い踊り出します。そして、傘を捨て、ずぶ濡れになりながらもそのまま踊り続けて家路につく。つまり、雨が降っていようが濡れようが関係ないほど、ハッピーな気持ちが何よりも上回っている瞬間だったんですよね。雨を使うことで、気持ちがよりオーバーに表現され、それが見て取れるようになっている。観ていてとても爽快な気持ちにさせてくれる映画だと思います」

02.『夜になるまえに』
(監督:ジュリアン・シュナーベル/アメリカ/2000)

夜になるまえに抑圧からの解放を求めた爆発の雨
「キューバ出身の作家レイナルド・アレナスが綴った自伝を基に、その生涯を描いた映画です。舞台はカストロ政権下のキューバ。そこでは芸術家や同性愛者が迫害されていて、主人公のアレナスも同性愛者の作家として弾圧を受けていました。そこで彼は何度もアメリカ亡命を企てるのですが、すべて失敗に終わり、独房に収監されてしまいます。そこは足を伸ばせず、立つことすらできない窓のない空間。まるでスーツケースの中に入れられているような感じ。彼はその後、気が狂って気絶状態となり、夢と現実が交錯していくなかで雨に降られるシーンが描かれます。その雨は、彼が今まで受けてきた抑圧に対する反動の気持ちを表現しているかのように爆発していて、ほんの数秒のシーンなのですが、これほど感情が詰め込まれた雨は他にはないと思わせるほど、記憶に焼き付いています」

03.『サンライズ』
(監督:F・W・ムルナウ/アメリカ/1927)

サンライズ雨は乗り越えるべき最後の試練
「今ではあまり馴染みのないサイレント映画でも、雨はターニングポイントとして使われています。それがこの “サンライズ”。監督は数多くのサイレント映画を手掛けてきたF・W・ムルナウ。物語は田舎に住んでいたカップルの愛を描いたストーリーです。浮気した夫を引き戻した妻が二人で田舎へ帰ることに。しかし、船旅の途中、豪雨に見舞われ妻が遭難してしまいます。最終的には無事助かり、夫婦仲睦まじく暮らすという物語なのですが、この映画では雨が二人に与える最後の試練としての役割を担っていると思います。二人の愛を貫くために、乗り越えるべきものとして存在している。雨の使い方に限らず映画全体の構成がとてもドラマティックなんです。だからこそ、サイレントでも退屈せずに観れる1本です」

【特集:雨が育む日々のこと】
   ▶︎ Vol.01 幅 允孝 (Book Director)
   ▶︎ Vol.02 若木信吾 (Photographer/Film Director)
   ▶︎ Vol.03 尾崎世界観/クリープハイプ (Musician)
   ▶︎ Vol.04 柄本 佑 (Actor)

about him

Photographer / Film Director
若木信吾

1971年静岡県浜松市生まれ。ニューヨークロチェスター工科大学写真学科卒業後、雑誌・広告・音楽媒体などで写真家として活躍。近年では映画監督も務め今年4月には『白河夜船』が公開。その他、映画製作や出版レーベル「youngtree press」、書店「books and prints」などを展開するなど、幅広い分野で活動している。
www.shingowakagi.net


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