BOOKS STAND UP AGAIN AND AGAIN

本はある時、向こうからやってくる。
ブックディレクター幅 允孝さんの楽しい読書

写真:小林直人 カバーデザイン:菅谷幸生
文:黒澤卓也 編集:kontakt
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本はある時、向こうからやってくる。<br />ブックディレクター幅 允孝さんの楽しい読書

「二度と同じ読書はできない」。国立新美術館『SOUVENIR FROM TOKYO』や『Brooklyn Parlor』、『la kagu』などの図書コーナーを手掛けるほか、本にまつわるあらゆることを扱うブックディレクターの幅 允孝さんはこう言った。本を読むときや選ぶとき、天候や服装、時間や音などの状況が無意識的に関係していると。部屋で過ごす時間が増えるこの時期だからこそ、そしてSNS全盛の今だからこそ、改めて本の魅力ついて考えたい。本のプロに訊く、読書の楽しみ方、あるいは本を“体験する”ことについて。

本との出会いは一期一会。同じようには読むことができないもの

東京・南青山の静かな路地に幅さんが代表を務めるBACHのオフィスはある。通された部屋は小説や詩集、写真集から図鑑まで、ジャンルを横断した多様な本に囲まれた小さな図書館のよう。「雨と本の関係」について訊きたい。幅さんの答えは明快だった。「はじめに、僕は二度と同じ読書はできないものだと思っているんです。今日読むのと来週読むのでも時間や読む環境は違うし、その時の体調や、空腹具合や服装だって関係している。ソファーで読むのか、硬い椅子の上で読むのかなど、すべてのことが影響する。もちろん、自分の内面も日々変わっていくので、たとえ同じ本でもまったく違った読み方になるはずなんです。だからこそ、本は一期一会といえる。それはこの時期の天候にも言えることですね。雨が降っているから特定の本を読むのではなく、読書をしたその日、たまたま外は雨が降っていたという状況を自分がどう感じるのかが重要なのです。そしてその雨が物語と共に自分の記憶にどう残っていくのか? 例えば、サマセット・モームの『雨・赤毛』を読んだとする。何年後かには、そんな本のことなんて忘れているんだけど、東京で雨が降ったときに、物語のなかで描写されたじっとりした南国の雨を思い出することがある。そうやって実際の生活のなかで不意に思い起こすことが本の醍醐味だし、面白さだと思っています」。読んで終わりではなく、日々の生活に作用すること。本は読めば忘れる。でもフィジカルな“体験”として体に残っていて不意に思い起こすものだという。

本は遅効性を持った道具

「晴れている時に比べると、雨の日というのは待ち時間が多いですよね。その待つという行為と本は相性がいいと思います。それは、本は遅効性のある道具だから。でも今は、本質であるその遅効性が失われつつある。例えば、この本を読むと5キロ痩せますというように、読んだことで目に見えた成果や効果を得られること求められている。いつでも瞬時に情報を得られるスマートフォンは便利だけど、それと本の役割はまったく違う。読み終わってそこで結論を求めるんじゃなく、記憶に蓄積して、人生の引き出しにしまっていく。それが本の本来あるべき姿だと思います」。引き出しになる。幅さんは一貫して本の魅力をこう言葉にする。自身の著書『本なんて読まなくたっていいのだけれど、』ではこう綴っている。「頭で理解するのではなく、体で感じること。その感触を記念写真のように飾っておくだけでなく、日々の生活に染み込ませること」だと。飾るのではなく、染み込ませる。どんな本を読んでもいい。誰かのオススメを読んで満足するのではなく、ワンフレーズでも自分に刺さるものがあるか。そうやって心が動く“コト”を集め、その引き出しが不意にひらくのを待つことが読書と生活の程よい距離感だというのだ。

目的無く読み、答えを求めず、面白がる

「僕が本を読み終えたときに面白かったなと思うのは、答えが出たというよりは、より疑問が生まれた時だったりします。答えが出ない状態を、ああでもない、こうでもないと妄想し、面白がるというのは豊かな時間だと思うんです。そういう意味で、本を読むことは、最高に豊かな時間潰しで、暇つぶしと言えばその通りです。(笑)それぐらい期待せずに読むぐらいが、本を楽しむにはちょうどいいですよ」。これまで膨大な本に触れてきた幅さんはあっけらかんと言った。本は決して高くない。著者が時には一生を捧げて描いた物語をほんの少しの対価と時間で体験することができる。本はもっと楽しく、そして自由なメディアだ。読まなくたっていいのだけれど、読んでみるのもいい。


幅さんが選んだ雨にまつわる3冊

01.『雨・赤毛』
(著:サマセット・モーム/新潮社/1959)

人間の心証に影響を及ぼす雨の気候
「これは“月と六ペンス”で有名なイギリスの劇作家、サマセット・モームの短編集で、その中の“雨”という作品がお気に入りです。サモア諸島を舞台に、1人の宣教師が娼婦を純化していく過程の人間模様を描いた物語ですが、宣教師の死という意外な結末でストーリーは終わります。何故彼は自殺してしまったのか? といったミステリー的な要素がありつつ、描かれていない宣教師と娼婦の関係を妄想させる余白の多さが他の本と比べて群を抜いています。余白というのは、自由に解釈できるような伏線が多数あり、読者が多方面から妄想できるということ。そして、どのように妄想を潜入させても、その人なりのストーリーを楽しめるようになっているのが優れていますね。タイトルが“雨”と言う通り、いつも重要な場面で南国特有の冷たい雨がしとしと降ってきます。その雨に登場人物が濡れ、衣が重くなり、動きが鈍くなる。そして、その湿度に捕われるように、人の心さえもどんよりとしていく。雨が舞台装置や伏線としてすごく機能し、人間の心証にも影響を及ぼした作品となっています」

02.『定本 蛙』
(著:草野心平/日本図書センター/2000)

蛙を通して語る人生の達観
「草野心平は、中原中也らと同人誌を創刊した人物で、蛙の詩人とも呼ばれています。なかでもこの本は、蛙の詩をひたすら集めたもので、人の目から見た蛙ではなく、彼が蛙になりきって、蛙の心情から物事を書いている詩が多く収録されています。作中の詩の一部“死んだら死んだで生きてゆくのだ”という言葉にグッと心を掴まれました。生と死は分かつことなく、対照でもない。その諦念と解放感みたいなものがとてもよく表現されている。突き放しているようで、実は包容感に溢れています。人間の人生にも通ずるものを蛙に置き換えて語っている部分もきっとあるんでしょうね。告白すると、僕は蛙がめちゃくちゃ苦手。そんな僕だけど、認めざるを得ないとてもいい詩なんです」

03.『イイダ傘店のデザイン』
(著:飯田純久/バイインターナショナル/2014)

傘がもたらす豊かな雨の日
「雨の日と言えば傘ということで、オーダーメイドオンリーで傘を作っているブランド《イイダ傘店》の初めての書籍を紹介します。傘作家の飯田純久さんは、今までにないモチーフを使って、新しい傘を生み出している人。柄の部分を木彫で動物柄にしてみたり、植物や食べ物をモチーフにした布を使ったりと、見ているだけでも飽きません。これらのデザインも素敵ですが、僕が一番魅力を感じたのは、ビニール傘も大事と言い切る飯田さんの姿勢です。量販傘の利便性を認めつつも、彼は傘の選択肢を増やすことで、傘のある雨の日常が豊かになることを望んでいます。豊かさの基準は人それぞれ。だからこそビニール傘や、ときには新聞紙を使っていても、愛すべき雨の日の姿として捉えていることが面白い。そのフィロソフィーにすごく共感を覚えます」

【特集:雨が育む日々のこと】
   ▶︎ Vol.01 幅 允孝 (Book Director)
   ▶︎ Vol.02 若木信吾 (Photographer/Film Director)
   ▶︎ Vol.03 尾崎世界観/クリープハイプ (Musician)
   ▶︎ Vol.04 柄本 佑 (Actor)

about him

Book Director
幅 允孝

1976年愛知県出身。有限会社BACH代表のブックディレクター。国立新美術館「SOUVENIR FROM TOKYO」や「CIBONE」、「la kagu」などのライブラリーを手掛ける。著書に『本なんて読まなくたっていいのだけれど、』(晶文社/2014)や『幅書店の88冊 あとは血となれ、肉となれ。』(マガジンハウス/2011)などがある。その他、執筆、や編集、企画、ディストリビューションなど、本にまつわる幅広い活動を行う。 www.bach-inc.com


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