THE DREAM COME TRUE!?

少し先のリアルなこと。

イラスト:青木たまみ 写真:小林直人 文・編集:川島拓人
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少し先のリアルなこと。
若林恵 (WIRED編集長) × ムラカミカイエ (クリエイティブディレクター)

10年、20年後も先のことを語り、希望や失望を感じることは、光のようなスピードで進化する現代社会においてはナンセンスなことだろう。それよりも、今起こっていることや、まさに起こりそうなことを考えたい。今後のライフスタイルのあり方、ビジネスのあり方、そして日本のあり方。WIRED編集長、若林恵氏とテクノロジーによってファッションを進化させるSIMONEムラカミカイエ氏による放談。

「いまの時代、地図はいらない。精度のいいコンパスを持て」

ムラカミカイエ(以下カイエ):今日はお忙しいところありがとうございます!diaSTANDARDの若い編集スタッフから、2015年の初心ということで、ワカさんとちょっと先のこと、未来についての話をしてほしいと切望されましてね。

若林(以下ワカ):去年は未来のことをいろいろな場所で話をしたんだけど、ちょっとしゃべりすぎた気がして、正直「未来」に飽きちゃった(笑)。今は何でもいいっていうモード(笑)。カイエ君はどう?

カイエ:最近よく聞かれますね、これからのこと。ワカさんは、どうしてだと思いますか? 

ワカ:まあ、先の不透明感ってことなんですかね。あらゆる業界がそれを感じてるんだと思います。個人レベルでも、「オレ、この先仕事あるのかな」っていうのもありますからね。ロボットに仕事奪われるんじゃないかって。

カイエ:人工知能やドローン脅威論ですね。実際その通りになっていくと思います?

ワカ:見えないので、ある種の見取り図みたいなものをみんな欲しがっている状況なんです。結論から先に言ってしまうと、以前、伊藤穰一さん(※2 マサチューセッツ州工科大学メディアラボのディレクター)が、「今の時代に地図は必要ないから、精度のいいコンパスを持っていろ」とおっしゃっていたんだけど、まさにそういうことなんじゃないかなと思います。「これが行く末です」とか、「ウエアラブルこそが未来です」っていう予測は、ほとんどアテにならない。もちろんウエアラブルとかいうのが、生活のなかにどんどん浸透していくのは間違えないことだろうと思いますけど、それをどう使うかっていうのは自分たちが決める話だったりするし、いろんな人たちがいろんなことをやっていくなかで、自然に方向性が決まっていくというものなのかな、と。

カイエ:ウエアラブルは、失敗が想定されていないというか、「未来はこれで決まり!」と言わんばかりの盤石なムードですよね。

ワカ:ファッションとウエアラブルとかについても、例えば今後、血圧とか、血糖値とかがリアルタイムでわかる下着とかが出てくるんだと思うけど、でもそれと、「ファッションの未来」って、ちょっと話も違う気がするじゃないですか。

カイエ:それで、これまでのファッションが覆されるということではありませんからね。与えられた使命が違うというか。

ワカ:あと、テクノロジーとかの話でこの間、決定的に明らかになったのって、デジタルテクノロジーによってアナログが駆逐されることはおそらく起こらないってことじゃないかと思う。例えば、電子書籍が普及しても、フィジカルな印刷物は残るし、選択肢が増えるっていうだけで、むしろ電子書籍が出てきたおかげで、かえって紙でつくる理由が明らかになった、ということもあるわけです。だって別に自動走行車が一般化しても、馬やロバに乗りたいと思えば、ロバに乗れるわけでしょ。ロバがいなくなるわけでもないし、馬がいなくなるわけでもない。海外だと、いまだに馬に乗った警官とかいるじゃないですか。要は選択の問題かな、と。だからアナログとデジタルどっちがいいかのって議論がよくされていたけど、それも案件ごとに優劣があるだけかな、と。だからこそ、デジタルでやるのか、フィジカルでやるのか、その本当の意味っていうものをたえず突き詰めなきゃいけないってことなんだと思う。カイエ君はどう? ファッションがこれからどう変わっていくみたいなことを10年ぐらい前からやってきたわけじゃない。これから先の見取り図ってあるの?

カイエ:僕なりの展望はありますけど、業界を見渡してみて、合意されたビジョンがあったり、共有している気配は感じませんね。そもそも保守傾向が強いし、この状況がずっと続いていくと思っている人がほとんどだと思いますよ。ファストファッションに対する時代要請が、いまだに信じられないっていう方達も沢山いますから。これまで信じてきた世界への忠誠や憧れみたいなことなのか。。。まあ、だからこそ、我々のような人間にとっては、やりがいのある状況ではありますけどね(笑)。

ワカ:なるほどね。

カイエ:ファッションの変化では、つい先月起こった〈グッチ〉のデザイナー退任や、ジョン・ガリアーノの業界復帰などは象徴的でした。いわゆるファッションの本質が、いよいよ情報価値の話になってきた。どういうことかといえば、社会構造や産業の均質化が進めば進むほど、機能性や装飾性などの複製が容易になって、最後に服というメディアに潜む情報こそが、ファッション世界のなかでの価値を示すようになってきたという話です。機能主義を極めようとするユニクロや、ノームコア、スタンダードの再考といったマス市場で起こっている逆説的な現象すべてが、それで説明できる。今回の移籍の話で言えば、ブランドの序列に応じたデザイナーの繰り上げや、他グループからの引き抜き合いなどが連鎖して起こり、SNSや世界中のファッションメディアが様々な予測を立て始めたりして、世界中を巻き込んだAKBの選挙のような騒ぎになる。これまで身内ネタの一つに過ぎなかった業界内人事が、パブリックなニュースになり、株価に影響を与える。服が持つ本来の楽しさとは関係ないなあと分かりつつも、ファッションの本質が、現代ではこうやってリアライズするようになってきた。

ワカ:人事ね。

カイエ:ファッション版のドラフト会議といった感じですね。

ワカ:人事の話は永遠に面白いっていえば、面白い。

カイエ:最近は、LVMH Prizeや、ANDAM Fashion Awardといったコングロマリットがサポートする新人発掘の賞に、すでに名のあるプロがエントリーするケースが急増したりして、その動きがメディア化してきています。

ワカ:そこで何か大抜擢みたいなことは起きたりしてるの?

カイエ:<グッチ>に限っては、売上規模が大きなこともあってギャンブルはできないでしょうね。イタリアのブランドなので、デザイナーはイタリア由来の人材が理想的だね、という話になっていたようですが、そうなると、目ぼしいところで<ジバンシィ>をやっているリカルド・ティッシぐらいしかいなかったんですね。LVMHとの契約がまだ残っていたのでその話は無くなりましたが。いまは大抜擢よりも文脈合わせ、例えば<エルメス>はフランス人デザイナー、<グッチ>はイタリア人デザイナーがいいっていう、ブランドのDNAに沿った人が理想とされてますね。見えないブランド序列のようなものがあって、なかなかそこを飛び越えた大抜擢は難しい。

ワカ:その流れって全体として見てみると、新しい流れではあるの?

カイエ:コングロマリットがラグジュアリーに参入してから、世襲制がなくなったので、こういったオプションが重要視されてきたのは確かですね。売り上げへの影響も少なくないですし。

ワカ:ウェブとかのデジタルテクノロジーとグローバリゼーションで世界がフラット化するって一時期すごく言われていたけれども、そんなに平らにはならないね。

カイエ:この情報価値うんぬんの話は、まさにフラット化への反動から生まれたものです。世界はデジタルとグローバリゼーション、アナログとローカリゼーション、この極端な二つの方向の可能性を探りながら前に進んでいる。

ワカ:だから、みんな安心しろって話で。

カイエ:その二つが対抗軸じゃなくて、共存することで、面白くなっているのは間違いないですしね。

世界を相手に闘う、日本らしさとは

ワカ:あと今年多かったのが、東京オリンピックに向けて、いろいろなことが動き始めるので、“日本って何?“って話が結構あって。そのへんはどう?

カイエ:フラット化の逆張りというか、こんな状況だからこそ、個性が何かを突き詰めて、文化的にも経済的にも何で闘えるのか明確にする必要がありますよね。

ワカ:日本は何で闘えるんですかね。どう思います?“おもてなし”とか”ものづくり”とか言ってますけど、「クールジャパン」と同じで言ってるだけ、みたいなところがあるのかな、と。どう思います?

カイエ:個人的には、モチベーションの方が気になります。日本人が“戦後の日本”と“戦前の日本”のどちらがクールって思ってるんだろう?っていうこととか。

ワカ:戦前というとどういうことですか?

カイエ:強引に言ってしまうと、戦前って2000年分をまとめた話なので、個人と国家の間にある情緒性や精神性の取り扱いが大きいじゃないですか? 一方で、クールジャパンは、戦後に生まれたキャラクターやアニメ、ゲームなどの一部のカルチャーをまとめたものですよね。問題は、その精神性と、物質性みたいなことが、完全に切り離されたところで展開していることだと思っています。国民を巻き込むための動機付けや、グランドデザインがちゃんと提示されていないんですよね。子供向けのコンテンツを取り揃えて、これが日本の文化の総括なのか?これで誇りを感じることができるのか?っていう、僕ら国民の主観的な折り合いがついてない以上は、ほとんどの人にとって他人事のようにしか感じない。世論の白けた空気っていうのは、そこに合意が得られていないからですよね。

ワカ:例えばシモーネを運営していて、日本っぽさみたいなものって、アジアに展開していくときに、ある種の有利さはあったりするの? 

カイエ:僕らの場合は、ファッションやビューティ分野が得意という以外、特定の作風を持っているというわけではないので、必然的にクオリティや信頼性などの方に目がいくようですね。中国のクライアントが口揃えていうのは、「中国人の仕事はいい加減だから」って。

ワカ:それは中国人が?

カイエ:そうですね、中国の人たちが。あとは、日本でブランドとして認められているのは、自分たちの国にとってもアドバンテージがあるっていいますね。

ワカ:そうそう。日本は消費力が高いって話をするじゃないですか。これって単純にたくさんのお金を消費することを一般的には意味するんだけども、消費する力っていうのが、日本はとてつもなく高いと思うんですね。例えば、<ダイソン>とかもそうだけど、テストマーケティングを日本でするじゃないですか。日本のユーザーは基本的にうるさいので、そこでGOサインを出せれば、ほかの国でも通用する。その消費力というか、日本人の消費する力っていうのは世界のなかでも相当高いだろうなって気はしていて。だからそれ自体を商品化するとか、産業にできないのかなって思ったりするんですよ。消費っていうのがそのまま価値を生むっていうか、生産と繋がっていくみたいなモデルみたいになれば面白いなと思ったりはしたんだけど。だからといって別に具体的なイメージがあるわけではないんだけど。

カイエ:日本の市場が持っている目利き力というかフィルターの精度は、いまだに突出していますからね。セレクトショップの発掘力などもいい例で、70年代後半に米国郊外の矯正靴メーカーだった<オールデン>の優秀性に日本のバイヤーが目をつけて市場を広げ、それに刺激された米国人たちが自国で大々的に展開して売上を伸ばしていったというのはその典型です。そのほかにも無名のメーカーやプロダクトを、日本のバイヤーが世界のスタンダードに押し上げた例は沢山あります。

ワカ:しかもその力はあまり変わらないし、落ちてもいないでしょ。

カイエ:最近は、食の分野も凄いですね。ハンバーガーブームが来れば、短期間でいたるところにバーガーショップができて、ニューヨークの人間を連れて行くと、「東京の方がうまい!」となるのが、当たり前になってきました。最近だと、サードウェーブコーヒーやパンケーキ、コールドプレストジュース、ベルジャンフライドポテト、熟成肉。。。同じ例をあげたらきりがない。食分野はこの繰り返しが続いて、最後に残ったものは世界的に突出して競争力が高い店になる。あらゆる文化を呑み込んで、優れた店やモノが認められ残っていくのは、東京という街の編集能力の高さやフィルタリングの緻密さですね。

ワカ:それをもう少し客観視して、戦略的にサイクルが作れると面白い気がするし、やっぱり結局日本人がなんか見つけてきたとか、日本人が何かつくったって、多くのケースの場合、それを外から発見してもらって、「あ、そうなの」みたいな感じで、外に出していく感じが多いでしょ。だからもう少し自分たちから「これよくない?」みたいことを発信できるといいんだろうけど、おそらく、まだまだトライ&エラーみたいなのが、少ない気がする。

カイエ:そろそろニューヨークとアメリカ全土の関係のように、東京と地方を分けたいです。

ワカ:突出してるってこと? 

カイエ:はい、東京の都市機能は突出しているので。意思決定のスピードをあげて、東京も地方も個々に突き抜けたほうがいいと思います。いま、そこに日本っていうフレームをくっつけると、議論が広がりすぎて足枷になるだけなので。

ワカ:そうかもしれないね。ポートランドっていっても、実際アメリカと関係ないもんね。なんか国っていう枠組みがちょっと曖昧になってきているし、漠然としているじゃないですか。ヨーロッパはなおさらそうだと思うけど、国って概念を超えて、勝手に都市単位で自分たちで何ができるんだろうっていうことをやっていってる。オーストリアだとリンツみたいなところがあって、<アルスエレクトロ二カ>(※5 リンツで開催される芸術・先端技術・文化の祭典で、メディアアートに関する世界的なイベント)みたいなイベントが開催されていて、その時々の一番カッティングエッジなテクノロジーを持った人とアーティストが集まってくるアートとテクノロジーの町みたいな見え方に外からもなっている。別にこれはリンツって町で起こっているっていうことだけで、オーストリアはあんまり関係ない、というか、オーストリアという国の枠組みを勝手に超えて行っちゃってる。

カイエ:東京も地方も、日本っていう冠をうまく利用しながら、個々に超えちゃえばいいですよ。ダブルスタンダードを持つのは悪くない。

ワカ:そういうことでいうと、東京はオリンピックもあるし、放っておいてもどこかに行く気もするんだけど。でも最近地方に呼ばれることも多くて、地方どうしたらいいですか? みたいに聞かれたりするんですよ……。カイエ君、地方はどう思ってます? 

カイエ:ワカさんに、前に北海道の鮨の話ってしませんでしたっけ? 昔から北海道は鮨が美味いって定説でしたけど、僕の印象では、大きい切り身の魚が大きいシャリの上に置いてあるっていうような、割と大雑把な感じだったんですよね。素材は優れているので、単にその一点張りだったわけですけど。ただ、最近頻繁に行く機会があって色々リサーチしてみたんですが、ここ数年でミシュランが出来たり、東京からの技術流入などで江戸前の仕込みが拡散したら、遥かに東京のレベルを陵駕してしまったっていう。。。これって、米西海岸で起こっていることと同じじゃないかなって。

ワカ:地方は絶えず東京を見ているじゃないですか。東京を見つつ、どういう立ち位置をとるのがいいのかを考えるじゃない? でもそれがやっぱりすごく大きな足かせになるような気がするんですよ。だから、東京ではない、いいモデルというか、そういうものがあるといいんだろうなってふうな気がするけど。

カイエ:最近多いですよ、地方からのオファーも。

ワカ;どういう仕事が多いですか?

カイエ:地方自治体のブランディングどうしていったらいいですか?とか。

ワカ:それってどう答えているの?

カイエ:とりあえず、「僕じゃないんじゃないですか?」って(笑)。声がかかるのは、縁もゆかりもない都道府県の話が多いです。残念ながら地元の静岡からは話がないんですけど、やってみたいです。自分の出身地に関連するブランディングだと、愛着はもちろん、家族や友人がいるのでプロジェクトの長期化が予想されたとしてもモチベーションは継続しやすいし、同郷出身ということで地元の人たちの合意も得られやすい。あとは東京での生活のほうが長いので、客観性を保つにも塩梅良いこともあって、プロジェクトの進行観点からも意外とスムーズに運ぶと思うんですよね。前述の話じゃないですけど、その都市でしかできない、優位性をどこまで突き詰められるのかは、けっこう人選で決まるんじゃないかなって。

ワカ:そういう仕事ってやってるの?

カイエ:話は来ますけど、まだカタチになってないですね。メーカー単位では沢山ありますけど。

ワカ:東京のデザイン事務所に頼んで、地方のブランディングやりますって、とりあえずはいいんだけど、それって3年たったら誰も見向きしなくない?って気はするんだけどね。これもこれで問題あるなって思うし。そうすると、何を拠り所にするんだってのもある。そういうところって結構難しんだろうなって気がするんだけどね。

カイエ:実際、現地に伺って視察してみると、単に自信がないだけじゃない?っていう印象を持つことが多いです。僕らのような東京の会社に頼まなくとも、人材はいるし、街や資源にも秀でたところはたくさんある。自信がないことをそもそも自覚できていないとか、広く知らしめていくときに、東京の人をハブに使っていくほうが早いってことなんでしょうね。

ワカ:なんか、そこもな。またそこも東京を経由してって話になると、結局は既存のヒエラルキーに飲まれちゃうことにもなりそうだけど。

コミュニティは世界のどこかでオンタイムで繋がっている

カイエ:最近、北海道のニセコのように、オーストラリア人が集まって、地元の人達と街づくりしたり、コミュニティを作っているのが興味深くて。国とか、生い立ちを取っ払った上で、自分に水があう場所ってたまにあるじゃないですか。場所は離れていたり、言語は違うんだけど、自分に合う本当のコミュニティって、どこかに必ずあるはずで、そのコミュニティの繋がりを可視化できたりスムーズにつなげたりするようなインフラが生まれれば、全然違うモノの作られ方が考えられると思っているんですけど。

ワカ:そうかもしれないね。かなり前の話だけど、ロンドンを取材で回っていて、そのときのロケバスの運転手が、浦安に住んでいたことがあるっていうすごい怪しいパンジャビ出身のインド人だったわけ。すごくファンキーなパンジャビの音をクルマのなかでかけているの。パンジャビの音楽って基本タブラ(※6 高音と低音のふたつの太鼓を、指や手のひらでたたく打楽器)でリズムを打っているんだけど、基本的にうわものしかなくて、低温と中域がほぼない感じなの。それにロンドンで生活しているパンジャビ人って、頻繁に国に帰っていたりしていて、または親戚が大人数で仕事を手伝いに来たりとかで、すごい交通があるらしくて。それでぼくがちょうどロンドン行っていたときに、「パンジャビナイト」みたいなものをやるってポスターが貼ってあって。ようするに、パンジャビ地方からミュージシャンが来て、ロンドンにいるパンジャビ人のためにライブをやる。それがなんか、イギリスのクラブカルチャーみたいな影響も流れ込んで、そんなことを知らずに、その人たちが母国に持って帰るっていう。ようするに目に見えない情報の交通がある気がして、なんかすごく面白いなと思って。

カイエ:わくわくしますね、そういう話。

ワカ:まぁこの話は人種や民族文化ってことで繋がっている例なんだけど、それがもうちょっと価値観ベースで色んなことが起きているようなことにはなっているのかなって気はするかな。

カイエ:ロンドンは移民問題と各々の経済的なフラストレーションが、アートや音楽などにダイレクトに昇華されるのが面白いですよね。音楽の話だと、ディプロ(※7 アメリカ人のDJ、プロデューサー)のように世界中のフェスを回りながら、行く先々の現地のアーティストと曲をつくって、次のフェスで作ったばかりの曲をかけて、オーディエンスの反応を見て編曲を繰り返しながらリリースするかを決めるっていう。あの制作スタイルや思考性は、すごく理想的。

ワカ:関係あるか分からないけど、<ブルーボトル・コーヒー>の人から聞いた話は面白くて。<スターバックス>のモデルっていうのは、グローバル化していくっていうやりかたをするときに、基本的に商品の均一性を保つ方向でやるじゃないですか。だから戦線が広がれば広がるほど、ズレが生まれるわけじゃない。本当にやりたいことと、一番遠い前線でのクオリティがズレてくる。それをいかにコントロールするかは非常に難しくて、どんどん管理主義っぽくなっていくじゃないですか。大元から距離が離れれば離れるほど質が落ちて行くっていうのが、グローバリゼーションってものだとするなら、<ブルーボトル>は逆のことをやりたいっていうんです。例えば日本のコーヒーショップは、地の物でやる。例えば牛乳も日本のものでやるってこと。それで、そこで得た知見を本国に返すっていうことをやるって。それで次はたとえばタイに進出しますってことだったら、その知見をもって新しいところに行って、またローカルのやり方を探していく。要するに彼らのモデルっていうのは、グローバル化すればするほどクオリティがあがるっていくっていうモデルをつくろうとしている。それは個人的には衝撃的なコンセプトだなと思ったんですよ。それをどういう風に実現するのかというと、結局は人だったりするんだけど、でもおそらく彼らはシアトルとかサンフランシスコに、バリスタの研究施設をちゃんとつくって、例えば日本で知見を積んだ人がちゃんとアメリカのバリスタに伝え、議論して、また新しい場所にいく、そんな仕組みをつくるみたいなことを言っていて。これはなんかグローバル化の新しいやり方だなって。ある価値みたいなものは、もはや空間で規定されないというか、同じ価値基準というものを持った人が、タイで何かつくればこうなるし、日本でつくればこうなるしっていう、でもそれってある種の考え方みたいなものが<ブルーボトル>で、コーヒーの味は多少違うかもしれないけど、<ブルーボトル>だよねっていう話になっているっていうのは、成功すればきれいなモデルになるだろうなって。言い換えるなら、ブルーボトルらしさ、っていうのを、商品にではなく、それをつくりあげるプロセスに宿らせる、ということなのかもしれない。それはわりといい未来図かなって思うんですよね。

カイエ:繋がるかどうかわからないんですが、最近、山形県にある<天童木工>の本社に伺ったんですね。

ワカ:<天童木工>って柳宗里。。。

カイエ:そう、バタフライチェアで有名なメーカーです。面白い話があって、戦後<ハーマンミラー>が自社製品のラウンジチェアを日本で売るために輸出しようとしていたら、当時スバル360っていうクルマが36万円する時代に、輸送費やら諸経費を計算したら売値が50万円近くになったらしいんです。それじゃあ、お話にならないということで、日本で同じ成型合板の技術を持ったメーカーで生産と販売をしようということで、<天童木工>と契約をしたんです。彼らがサンプルをつくって、確認のためにアメリカに送ったら、<ハーマンミラー>はそのクオリティに驚愕して、<天童木工>の職人を招聘して、研修してもらったんだそうです。その後、蜜月の関係は続いていくんですが、その取り組みによって<ハーマンミラー>のプライウッドのクオリティが格段に上がって、世界的なブランドになっていったという話があります。そもそも、<天童木工>が成形合板技術を身につけたのは、米軍の進駐軍用の洋家具製作をしなければならないところからで、技術の元はアメリカから輸入されたものだったんですよね。あと、<天童木工>は、日本のメーカーでデザイナーとの契約にロイヤルティ制を導入した初めての会社だったそうです。デザインを全て外注にして、自分たちの持つエンジニアリングとのコラボレーションを行った。そして、70年代ぐらいに、その文化が一旦途絶えるわけです。それからインハウスのデザイナーに切り替え始めたら、メーカーとしては大きくなっていったけれども、ブランドにはならなかったっていう。

ワカ:なるほど。

カイエ:<ブルーボトル>のように、世界中どこにでも拠点が置けるような今の状況と違って、その時代にこういったトライアルが行われていたのは面白いですよね。あと現在の<ハーマンミラー>と<天童木工>の社会的なポジションの違いというのも教訓としては大きいと思っています。インハウスデザイナーの質の向上は、企業課題としてこれから重要視されていくんじゃないかなあ。

ワカ:そうだね。

カイエ:地方とクリエイティビティの話で言えば、日本の<イーオン>には、チャンスがあると思っています。<アウディ>に在籍されていた和田智さんがインハウスデザイナーで、あそこまで自動車産業のクリエイティブの流れを変えられたのは教訓として大きくて。この時代はブランディング的な観点を持ったデザイナーがインハウスにいれば、外部のデザイナーに依存することなく、企業はいくらでも変われるはずなんです。日本ではデザイナーの社会的地位が低いので、そういった壁を企業が取り払っていく努力が必要ですが、もし、<イーオン>が、その土地にローカライズされた有益なデザインやコンテンツを社内で考えられたら、地方のあり方が一変するはずです。

ワカ:なるほどね。そうかもしれないね。それもやっぱり、プロセスのデザインみたいな話なのかな。アウトプットを画一化させるんじゃなくて。

カイエ:アウトプットの画一化は、本当に世界をつまらなくしていますね。

ワカ:でも、会社ってどう?(笑)いやなんか、会社ってもの自体の意味ってどこにあるんだっていうか、存在が曖昧になってくるじゃない。要するに職場はなくていいとか、リモートでやりましょうみたいな話とか。とは言っても、会社は会社なので、ある求心力はもっていないとダメだし。例えば、外部を使ってコ・クリエーションとか言ってやってると、結局は、人と人だったりするんで、例えばシモーネとうちで、あるプロジェクトをやったとしても、その人が独立しちゃったら、会社としてはムラカミカイエおよびシモーネとの関係性は途絶えてしまうことってあるわけじゃない。そういうもののバランスというか。例えばマネージメントとかになると、<シモーネ>っていうのをどういうふうに作っていくのとか、それの価値を成しているものっていうのがどこにあるのかっていう。

カイエ:いま設立12年目なんですけど、これまで伸びてきた理由って分かりやすくて、ファッションとテクノロジーっていう一番遠いところにあったものを繋げただけなんですよね。実際、初期メンバーは、どちらかの人だけだったんですよ。テクノロジーサイドの人か、ファッションサイドの人か。繋げる役割を、僕が一人で担っていたから大変だったんですけど(笑)。いま12年たって、ようやく両方分かる人がでてきた。

ワカ:ようやく(笑)。

カイエ:ようやくですよ、本当に。これまでが大変でした。こっちに向かうんだよって誰もカタチにしていないから、テクノロジーサイドの人からにも疑問があるし、ファッションの人たちにも疑問があるっていう、ずっと確証が得られないまま、早12年(笑)。ただこの時代になると、思考は情報としていろんなところに現れているから、異文化や異業種をブリッジさせる意義をみんな分かってきてると思うんですよね。だからようやく自分のやりたいことに近づいてきているというのもあるし、それに適した人も集まりやすい状態になってきているっていう。

ワカ:そうすると、競合が増えていくっていう話だよね。

カイエ:そうですね。

ワカ:そういうときに、シモーネは10年先行っていたっていうのは一種のアドバンテージになるの? それとも今後は関係のないものなのかな?

カイエ:アドバンテージは、未だにあるでしょうけど、これまでとは状況が変わるでしょうね。実際、年々競合も変わっていってますし。

ワカ:それは本当にそうだと思うんだよね。ぼくらもウェブをやってて、紙のメディアもやってるんだけど、両方分かる人間って本当にいないんですよ。でもアメリカとかだと、そういう人たちがもう20年現場にいたりしするんですよ。例えば90年代半ばから、ドットコムバブルを経験した人ような人たちが、その間、デジタルとアナログの世界とを絶えず行き来してるんですよね。その20年分の蓄積があって、紙の良さも教わりつつ、ウェブの進化もどんどん体現してきたみたいなひとがやっぱり結構いるなって気はしてる。でも、日本は一向にその交流がないし、いまだにしない。デザイナーでもデジタルもアナログも両方面白い!って思ってちゃんとできる人たちってなかなかいないか気がしている。そういう意味で、シモーネは早かったというか。

カイエ:ぼくらはファッションビジネスの実験台みたいなものですから。一般的に、どの経営者も、経済的に成り立つであろう実験には興味あるけど、クリエイティブ上の実験って “正しさ“の基準が曖昧だから投資もしにくいですし。ぼくらはアーティストの集団ではないから、ファッションにおける新しいコミュニケーションデザインやビジネスプラットフォームの実験はするけど、<ライゾマ>さんのようなクリエイティブ特化型の実験はしないっていう、割り切りは持っています。それは、他社さんにお任せすると(笑)

ワカ:それにしても、<ライゾマ>と<チームラボ>の露出はすごいよね。ただ、フラッシーなテクノロジーはテレビ的に使えるというのはわかるんだけど、彼らを使おうという側が、いつまでも目眩しのようなものとして「未来」とか「テクノロジー」を消費しているのは、もうそろそろいいんじゃないかって気はする。テレビ的なギミック以外のところで、ちゃんと彼らが使っているようなテクノロジーやそれにまつわるコンセプトが、ちゃんと根付いていくと、もうちょっとテレビも、それ自体として新しいありかたを探せるような気がするんだけど、相変わらず「番組」やプロモーションって枠組みのなかでの消費になってしまっている。ま、雑誌も出版も同じなんだけど。

iPhoneに見られる、垂直のイノベーションがもたらすもの

カイエ:僕、先日、インターステラーを見たばかりなんですけど。

ワカ:あ、ぼくも見たよ。

カイエ:あの映画を見て思ったのが、何かこう、結局フラッシーなものって、過去のSF映画やドラえもんとかもそうですけど、「あの未来、結局来た?」って話で、“大体あってたね”ってみたいなやつと、“全然あんな風になってないじゃん”っていうのがありますよね。あの映画を見て、自分がやりたいのは、タイムマシーン作ろうぜ!とか、次元を超えようぜ!っていう壮大なことじゃなくて、いずれ辿らなきゃいけない未来を、着実に、最速で作っていくことだなって改めて感じたんですよね。ずっと先のことなんてわからないし。発明よりはスタンダードが作りたい。

ワカ:ぼくが好きな話で、テレビ電話の話なんだけど、テレビ電話って、ドラえもんから鉄腕アトムからいろいろなところであったと思うんだけど、結局いつの間にか実現してたわけですよ。でも、それが実現されたとき、そのテレビ電話って、テレビでもなく電話でもなく、スカイプだったっていうのは結構びっくりな話で。ようするにテレビっていうものの延長戦上で考えてもテレビ電話っていうのは生まれず、電話の延長戦上で考えても、テレビ電話って生まれてこなかったってことじゃないですか。PCっていうものが途中で出てきて、さらにアプリケーションっていうものによって一般化する。そういう意味でテレビ電話っていう予見されたものは実現されているんだけど、そこで想定されていたコンテキストがぜんぜん違っていたっていう。そういうことにぼくはものすごくわくわくするんですよ。

カイエ:iPhoneもそうですよね。  

ワカ:そうそう。

カイエ:電話屋に作れなかったってそういうことですよね。

ワカ;そう。おそらくイノベーションには、水平的なイノベーションと垂直的なイノベーションがあって、ただあれを電話の延長戦上で考えても、iPhoneっていうのは生まれてこなかった。でも<アップル>が電話を出すっていったときに、みんなは電話業界に参入すると思っていたわけ。でも実はそうじゃなかった。それがある種の垂直的なイノベーションだったってことが当時分からなかったかもしれなくて。例えば、グーグルが自動走行車をつくろうしているのって、基本的に自動車の延長性戦上にはない。むしろあれは画像認識とか画像解析の延長戦上にある話なので、グーグルが自動車産業に参入するっていう話ではぜんぜんない。関係ないところから、ただ単にクルマのかたちをしているだけの話。情報デバイスとしてクルマっていうものが、グーグルがもたらしたコンテキストによって、例えば今までのクルマっていうのは移動・輸送・交通に属しているものだけど、情報っていうもののコンテキストの上にクルマが成立すると、恐らくふと気づいたら、それが空を飛んでるかもしれない。そんなときに、「あ、空飛ぶクルマって、このことだったのか」と思ったりするのかな、って。おそらくそんなふうにして未来はやってくるんだろうと思うんです。だから永遠に水平イノベーションをしなくてはいけないって思ってるうちは厳しいんだと思うんですよ。うちは自動車会社だから自動車を作ってないといけないと考えると、それ自体が結構な足かせになってしまう気がするんですよね。

「続・少し先のリアルなこと」(公開中)

about THEM

Editor
若林 恵

1971年生まれ。編集者。月刊太陽の編集部を経て2000年に独立。さまざまなカルチャー誌で編集に携わるほか、音楽ジャーナリストとしても音楽誌への寄稿や音楽レーベルのコンサルティングなども手掛ける。2011年よりWIRED編集長に就任。

Creative Director
ムラカミ
カイエ

1974年生まれ。クリエティブディレクター。三宅デザイン事務所を経て、2003年 東京にファッションとビューティ分野に特化したブランディングエージェンシーSIMONE INC.を設立。国内外多数の企業のデジタル施策を軸としたブランディング、コンサルティング等を手掛ける。


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