Japan, Hip Revolution

佐久間裕美子と黒河内真衣子が語る、ヒップな日本

写真:平岩紗希 文:伊藤有希子
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佐久間裕美子と黒河内真衣子が語る、ヒップな日本

「海外に出てから、こんなに日本が気になるの初めて」。ニューヨークを拠点にジャーナリストとして活躍する佐久間裕美子さんが、目を輝かせながらそう話す。10代の頃から“自由の国”に憧れて、映画も音楽もファッションも、とかくアメリカのカルチャーを身に染み込ませながら生きてきた。これまであまり自分の日本人性を意識したことがなかったという彼女が、改めてこの国に惹かれているというのだ。

一時帰国中、かねてから親交の深い《mame》の黒河内真衣子さんと会う約束をしているというので立ち会わせてもらった。黒河内さんは、毎日ファッション大賞新人賞・資生堂奨励賞も記憶に新しい、気鋭の日本人デザイナー。育った環境、住んでいる場所、世代や職業も違うのだが、話し始めると止まらない二人。それぞれの目に写る、ジャパンクリエイションの現在と未来とは?

意図せず気づけば「MADE IN JAPAN」

数年前、東京ではじめて出会った二人はすぐさま意気投合。数ヶ月後、トークショーのため来日した佐久間さんに黒河内さんが同行して一緒に京都行脚をしたことで仲を深め、ニューヨークでも時間を共にしたのだそう。

佐久間「ちょうど『Periscope』の制作を進めてる頃で、アンドリュー・ターロウ氏(ワイスホテル、ダイナー、マーロウ&サンズなどブルックリン地区の人気レストランやホテルを手がけるオーナー)のビデオインタビューをする日と重なったから、そこにマメ(黒河内の通称 以下マメ)ちゃんにも来てもらったんだよね」

黒河内「実は私、あのときが初めてのニューヨークだったんです。すごく貴重な経験をさせてもらいました。自分が目にしたニューヨークと、後から『Periscope』の記事を読んで知ったニューヨークを比較するのも面白かった。佐久間さんの著書『ヒップな生活革命』にもアンドリュー・ターロウ氏のお話は出てるんですけど、レストランで使った食材の食べれない皮革を、革小物にしてレストランの上の階で販売している。そういう、わかりやすい具体的な事例を教えてもらうと途端に身近に思えてくるんです。生活に入ってくるというか。そうか、こうしてカルチャーが形成されていくものなんだって腑に落ちる。今日、佐久間さんと浅草橋にある松野屋さんに行って来たのですが、そこで感じたことにも少し似ています。荒物屋に置いてあるものというと、地方の職人さんが作っていると想像しそうになるんですけど、実は実際は東京で作っているものも多かったりします。それを東京に住んでいる人が知ると、身近に感じ、共感して、興味が湧いたりする」

世代も年齢も違う黒河内さんに対して、佐久間さんには不思議に思っていることがあった。彼女が持つ、日本という国とまっすぐに向き合う感性だ。欧米への強烈な憧れが色濃い70年代に生まれ育った佐久間さんにとって、黒河内さんの日本人らしいクリエイションは新鮮だった。

黒河内「どうしてだろう……。そもそも何かに極端に影響されたり、誰かにものすごく憧れた経験がないからだと思います。同世代が裏原系やコレクションブランドに熱狂している時、そういう世界からは遠く離れた田舎で育って。20代前半の頃は、それが負い目だったりもしました。でも田舎で育ったからこそ、季節ごとに食べるものや、食事を盛るお皿などに自然と意識がいくんです。祖父母の田んぼの手伝いをしていた幼少期は、自分たちが食べるものは春に植えて、秋に収穫し、時間をかけて食卓に並ぶのですが、こうしてあたりまえに認識していたことも、いま改めて考えてみると手の込んだことだって気づくんですよね。ファッションって華やかな世界だから土臭い部分とはイメージがあまり結びつかないって言われるけど、そんなことはないんです。繊細で美しいレースは、職人さんたちが丁寧に手作業で染めたり縫ったりしてくれてできているものですから、それを私も理解しながら作らないとなと思っています。だから、Instagramでアップする写真が田舎の風景や職人さん、工場とかでいっぱいになっていくのかもしれません。現場を見たいという気持ちが、器とか食とか演劇など異なるジャンルに飛び火しながら、服作りのベースになっているのかもしれません」

佐久間「MADE IN JAPANを貫いているモチベーションも気になるところ。例えばアメリカだと、特にアパレルの“MADE IN USA”表記ってマーケティング用語になっちゃってるところもあって、メンズでは国内生産を意識してるところは増えてきたけど、ウィメンズでそういうことをやっている人って少ない。コストの問題とか要因もいろいろとあるしね。《mame》みたいな服を作っている人がそれをやっているっていうのは稀有なことだと思うし、服を作っている人には刺激になると思う」

《mame》のアイテムはすべて、MADE IN JAPAN。そこに何か信念のようなものがあるというわけではなく、作りたいものを作ろうとしたら日本で作れたのだという。《ISSEY MIYAKE》を辞めてから、6ヵ月間ヨーロッパに滞在していたという黒河内さん。依頼された衣装を作ろうと思ったが、ヨーロッパでは材料や道具が手に入らず右往左往。必要な資材を求め、国境を超えて探してもなかなか見つからず、結局、日本の友人に連絡して東急ハンズで買ったものを送ってもらった。そんな経験もあり、ブランドの拠点を日本にし、2010年日本特有の技術を駆使したコレクションを展開することとなったのだ。

佐久間「MADE IN JAPANにすることで何かを変えたいみたいな信念を持って、旗揚げてやってる訳じゃない、そこも純粋でリアルでいいなって思うんだよね。アメリカでもそうで、作っているモノのクオリティが高いことが大前提で、単に愛国主義的に国内に雇用を戻そうというだけでやってる人に、私が心を動かされることはほとんどない。でも、満足したものを作るために自分の見に行ける範囲でやりたいっていう動機は素敵だと思う」

黒河内「もちろん、愛国心的な部分がないわけではないですよ。でも、MADE IN JAPANって謳っていても、その技術に感動できなかったら一緒にお仕事はできない。だから、素晴らしい技術と誇りを持ってやっている職人さんにお会いすると興奮します。見る目のないデザイナーには売るもんかと、英語を勉強して海外のメゾンとお仕事をなさっている機屋さんもいますから、そういう職人さんには片思い。その生地を少しでいいから私にも分けてくださいってラブコールしたくなります。MADE IN JAPANという主張とは違って、国内外問わず自分の手で作ったものを誇れるから自信がある。そういう人たちとこれからも一緒に作っていきたいですね」

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