KABUKI IN FUTURE

表現としての着物、伝統芸能のこれから

写真:神藤剛 取材・文:谷口暁子
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表現としての着物、伝統芸能のこれから

き日本の正月風景には欠かせない「着物」。現代においては特別な職業を除き、冠婚葬祭などの特別な儀礼などでしかなかなか着る機会はなくなったが、日本人であれば、知識ではなく感覚として着物の良さや美しさが遺伝子レベルで理解できるはず。そんな日本を象徴する着物の魅力を、同様に日本が誇る美しき伝統芸能のひとつである歌舞伎俳優の視点から覗く。

日本人のたしなみとして、気持ちを引き締める着物

テレビで観ない日はないほどの活躍を見せる尾上松也さんは、若手のなかでも最も注目されている歌舞伎俳優のひとりだ。当然のことだが、歌舞伎では着物を纏い演じるものの、実は、歌舞伎俳優も仕事以外で着物を着る機会はあまりないのだと話す。「着物を着ると、仕事のスイッチが入る感覚があります。やはり、きちんと着こなそうとすれば自然と背筋は伸ばさなければいけませんし、気を抜くと見る見る着崩れてしまいます。美しい姿勢を保つこともひとつですし、日本人のたしなみとして気持ちを引き締めてくれる存在だな、という気はします」

歌舞伎では、役柄や性格を着物の柄や色で表現することがある。「赤などの強い色を着る立役の場合は、血気盛んで荒々しい男の人のことが多いですね。色男、いわゆる二枚目になると、水色や紫といった色を使います。女性の場合、お姫様だったら『赤姫』といって、必ず赤。そうして役柄によって、あるいは年代によって、着物の色使いは舞台上での表現方法のひとつとして大切にされています」

さらに、着物の着こなし方ひとつで、表現はさらなる奥行きを見せる。「歌舞伎では、ちょっとした着方や見せ方の工夫で役の人となりを表現することがありますね。“粋に着る”となると、少しだらしなく思われるかもしれませんが、胸元を少し開けて膨らませるのが江戸っ子の粋な着こなしのひとつです。女方でも、遊女や色気のある女性を演じるときは、やはり胸元を少し開ける。ただ、舞台で表現するうえでは、やはり何をやっていても“品”というものがなくてはいけない。はだけ過ぎれば、どうしても品はなくなりますから、品の良さと色気を保てるバランスを見極めなければいけませんので、加減が難しいところでもあります」

(トップ) 2009年「挑む 〜若き歌舞伎役者の舞〜」演目【太刀盗人】 すっぱの九郎兵衛 ©KENTA AMINAKA
(上) 2011年「挑むvol.3 〜歌舞伎役者の粋と意気〜」演目【与話情浮名横櫛 源氏店】与三郎 ©KENTA AMINAKA


こうした様々な着こなしは、歌舞伎俳優ひとりひとりの体型に合わせた自分なりの工夫を見つけていくのだと言う。立役はもちろんのこと、特に女性を演じる女方では気を使うという。「僕は肩幅も身長もありますから、今でこそ自分の身体の使い方で肩幅や大きさを目立たなくしていますが、今の形になるまでは、まず肩幅をあまり目立たなくさせる着方を工夫していました。なで肩に見せるために肩の前側に丸い玉を入れたり、胸にタオルを入れたり。役者それぞれの体型に合わせて、自分で研究して工夫していかなくてはいけないことですね」

歌舞伎の可能性を拡げる、自主公演『挑む〜IDOMU〜』

松也さんが注目されるきっかけのひとつに、2009年から毎年上演している自主公演『挑む〜IDOMU〜』の存在がある。松也さんが座頭を務め、歌舞伎をより身近に感じられるようにと始まったこの歌舞伎公演では、分かりやすさ、親しみやすさへの配慮が徹底されている。「まずは料金をなるべくリーズナブルにすること。加えて、なるべく分かりやすく笑って帰っていただけるような演目を選び、開演前には必ず、ご挨拶も兼ねた演目説明を行い、より分かりやすく観ていただける工夫をしています」

観客への歩み寄りを真摯に語る一方で、自主公演の演目では古典を選ぶことが多いという。その理由に、伝統の継承者としての責任と誇りが伺える。「歌舞伎の基礎である古典は、これまでの先輩方が守ってきたもの。例え言葉が難しかろうと、分かりにくいことがあろうと、きちんとやらせていただきます。もちろん新たな歌舞伎の可能性として、これまでにも革新的なことはやってきていますが、基礎を学ばずに何かを変えても新しいものは生み出せないと思っています。『型破り』と呼ばれるには、まず型がなければならないんです」

2014年「挑む 〜熱き役者の新たな軌跡〜」演目【双蝶々曲輪日記 引窓】南方十次兵衛 ©KENTA AMINAKA

歌舞伎の新たな可能性を秘めた『挑む〜IDOMU〜』だが、このタイトルには実に様々な意味が込められている。「新しい歌舞伎のスタイルに“挑む”という意味もあり、僕自身が大役に“挑む”場でもあります。なおかつ、衣装や大道具、音楽や地方さんなど、発注や交渉事から予算まで、裏方も含めた総監督でなくてはいけない。更にいうと、第一回公演当初は、僕自身あまりお役に恵まれていなかったので、自分をアピールしてチャンスを掴む場所が欲しかった。僕以外にも、いわゆる歌舞伎の家系ではないけれども、実力も情熱もある役者たちと一緒にチャレンジできる場を共有したいという、僕の想いだけに賛同して集まってくれたスタッフがたくさんいたんです。歌舞伎に関わったことも観たこともないスタッフで、全員が経験したことのない事柄への挑戦でしたね」と、歌舞伎への情熱と野心を絶やさないのも、松也さんの魅力のひとつだ。

歌舞伎のこれからを見据えた挑戦

現在、多くの歌舞伎俳優が、テレビやドラマ、映画など活躍の場を拡げ、歌舞伎も毎月どこかで上演されているほどの人気だが、興業として成り立たない危機もあったという。

「今後、歌舞伎を何百年も続けていくためには、今まで支えてくださった方々へ感謝しつつも、僕らより若い世代の方々に、もっと歌舞伎に親しみと興味を持っていただき、劇場に足を運んでいただくことが大切になってきます。そのきっかけ作りとして、僕がテレビや歌舞伎以外のお芝居に出ることで、歌舞伎への橋渡しができればとは思いますね。そうして観に来ていただくからには、日本の伝統を継承する責任として基礎を守った芝居と並行しながら、今のニーズや時代に合った新たな歌舞伎を、この時代に生きる僕たちだからできるセンスで構築していく必要があります。これまで歌舞伎が続いてきたのも、先輩たちが、そうして進化させてきてくださったからだと思うんですよね。ただ守っていくだけでは、なかなか残っていかないはずですから、僕たちも常に危機感をもって取り組まないといけないと思います」

こうした挑戦のひとつに、昭和55(1980)年から続く正月の風物詩「新春浅草歌舞伎」がある。若手の登竜門として知られ、大役を勉強させてもらえる場である正月の浅草歌舞伎。来年は、松也さんが最年長者として出演する。「僕以外みんな平成生まれで、自分が年長者になる公演を一ヶ月やらせていただくことは、とても有り難いであると同時に、大変なことでもあります」と、意気込みを語る。

「若手である以上、技術面ではまだまだ先輩方に劣るにしても、エネルギーは感じていただけるようにしたい。開演前には、自主公演と同様に演目説明はつけ、なるべく分かりやすく理解していただけるようにつとめたいです。とにかく距離感というものを、もう少し僕ら若手が縮めていけたらと思っています」

最後に、歌舞伎俳優の正月の過ごし方を伺うと「慌ただしいですよ。30日までは稽古、元日は先輩たちへのご挨拶回り、2日には新春浅草歌舞伎の初日が開きますからね。実質の休みは大晦日くらいですが、その唯一の休みも今年は別の仕事で」と、然もありなんと答える。休む暇のない忙しさへの憂いは微塵もなく、歌舞伎界のこれからを担う自信と責任が滲む若き歌舞伎俳優の顔は、凛々しく頼もしかった。

「新春浅草歌舞伎」
第1部「お年玉〈年始ご挨拶〉」
一、『春調娘七種』
二、『一條大蔵譚 奥殿』
三、『独楽売』
第2部「お年玉〈年始ご挨拶〉」
一、『仮名手本忠臣蔵 五段目、六段目』
二、上『猩々』 下『俄獅子』

開催期間:2015年1月2日(金)〜1月26日(月)
会場:東京・浅草公会堂
出演:尾上松也 中村歌昇 坂東巳之助 中村種之助 中村米吉 中村隼人 中村児太郎
問合せ:チケットホン松竹
TEL:0570-000-489

about him

KABUKI ACTOR
二代目
尾上松也

1985年東京生まれ。父は六代目尾上松助。1990年5月、「伽羅先代萩」の鶴千代役にて二代目尾上松也の名で初舞台、以後子役として活躍。現在は、「義経千本桜」源九郎判官義経、「仮名手本忠臣蔵」顔世御前、「寿曽我対面」曽我五郎役を演じる等、立役・女形両方を勉強中。2009年には自主公演「挑む」を主催。以来、年一回のペースで継続して上演。


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