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自然界に習う薬膳という食養

写真:神藤剛 取材・文:谷口暁子
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自然界に習う薬膳という食養

「薬膳」と聞くと、何を連想するだろうか。“苦い食べ物”“漢方薬”など、日常の食卓とは距離を置いた難しい食べ物だと考える方が多いのではないだろうか。そのイメージも間違いではなく、薬膳には、漢方薬を処方し病を治す「食療」の意味がある。だが、その一方で、健康を維持するための「食養」としての役割もあるのだ。

暮らしのなかに息づく“薬膳”の理念

桜の季節には、道行く人々の目を楽しませる目黒川沿いの遊歩道から一本路地に入ると、古民家を改装した一軒家の料理店「青家」がある。今年で10年目を迎える人気の京おばんざい屋「青家」の店主・青山有紀さんは、薬膳でも後者に値する「食養」にこだわったお料理を日々提供している。「お客様ひとりひとりの体調を見ながらお料理をお出しできるのであれば漢方薬を使うのも良いのですが、そうでない限りは、少し無責任かもしれないな、と私は思うんです」

青山さんと薬膳の関わりは、幼少期にまで遡る。それは、薬膳の基礎をもって独学で漢方を学んだというお祖父さまとの暮らしの中にあった。「祖父は、30代のころに結核を患い医者にも見放されたのですが、自分に何が足りないのかを知っていたので、それを食べ物で補うため、家のバケツにはドジョウがいたし、スッポンも生きたまま。山羊を一頭潰して、お肉は私たちがいただいて頭の骨は犬に与えるような生活で、祖父も結局83歳くらいまで生きた人なんです」

自然の摂理から学ぶ食養

食べる物で生き生きとしていくお祖父さまの姿を目の当たりにしてきた青山さんは、実際の体験を通して自然と薬膳の基礎が身に付いていたのだという。そんな青山さんが、青家を始めて3年目。忙しさから身体を大きく壊し、声が出ない、匂いが分からない、耳も聞こえない状態にまでなったことがあった。「病院でも治らなくて、その時に祖父が実践してきた食養を今こそ!と思い、薬膳や漢方の病院で話を聞き、体調も快方へと向かいました。その経験をきっかけに、きちんと大学で学びたいと薬膳の勉強を始めました」

中医学をベースとした薬膳の学びは、その考え方を知れば知るほど、京都のおばんざいや日本料理の基礎など、全てが薬膳の考えに基づいていることに気付いたという。「自然界と人間の関わり合いをすごく大切にしていて、季節の流れに沿った食べ替えや組み合わせというのが薬膳の基本的な考え方です。例えば、身体を冷やす生ものであるお刺身には、必ず辛味という辛みがあり身体を温める役割のある食材が添えられます。ワサビや紫蘇がそうですね。若布が盛られているのも、解毒作用の働きがあるからです。一皿のお刺身の盛り合わせの世界だけでも、薬膳の知識が豊富に取り入れられているんですよね」

薬膳では“五味五性”といって、身体を温めたり冷やしたりする食材の効能を、5つの味と5つの性質に分けた考え方がある。青山さん曰く、京都のおばんざいには、この考えが反映されたお料理が多くあるという。「夏になったら茄子とニシンを食べるとか、寒くなってきたら蕪と鯛を炊くとか、そういう組み合わせは美味しいだけでなく、身体に負担なく効いていく理由が必ずあるんです」

本来の薬膳料理

青家で人気のランチメニューのひとつに「京おばんざい薬膳定食」がある。季節の食材を薬膳の理念を基に拵えた6〜7種の日替わりおばんざいに汁物。米は、五穀米か玄米から選ぶことができる。「青家のおばんざいは、漢方薬を使わない薬膳料理を提供しています。漢方薬を使っていたら薬膳だと思われがちですが、季節に応じ、中医学の理論に基づいて作るお料理が薬膳料理なので、漢方薬だけちょっとスープに入れたりするのは、本当は薬膳料理ではないんです。自然の薬は、化学の薬よりも効能が強いので、必要なものを必要な人がとれば効果はありますが、そうではない人には負担がかかるものなんです。毎日食べても飽きず、身体に負担がないもの。つまり、食べて元気になれるようなお料理全てが“おばんざい”という想いも込めて『京おばんざい薬膳定食』という名前にしているんですよ」

青家では、その食材の食べ合わせにも薬膳の考え方が反映されている。「人間を含めた自然界全てが陰陽で成り立っているので、どちらかに偏ったときにバランスは崩れてしまいます。食べ物も身体が冷えているからといって、温める物だけを食べても効果的ではなく、ちょっとスパイス的に冷やすものを入れることで、さらに効果が発揮されたりするんです。どちらもちょうど良く取り入れることが、自然界で生きるルールでもありますね」

薬膳の歴史を紐解くと、3000〜4000年前に中国の皇帝の延命のために食医が考案したもので、長い歳月をかけた経験医学から、身体への効能は非常に理にかなった作用をもたらすのだという。「おいしく食べるのが一番なんですけど、3000年前と今はもちろん環境も違うし、中国と日本では風土も違う。日本にしても、10年前と比べて季節の移り変わりや気温、湿度も変わってきています。今後10年20年経ったときに、今と全く同じものを食べ続けることが大切なのではなく、季節の食材を身体に優しく食べるとか、無駄なく食べるとか、そうした薬膳の考え方自体を受け継いで行くことが大切なのかなと思いますね」

「京おばんざい薬膳定食」

自分に合った食養を選ぶこと

現在、空前の健康ブームが到来している。マクロビオティックやビーガン、ローフードなど、国内外問わず多くの健康食と呼ばれる選択肢があるからこそ、何を選びとるのかに難しさがあるのも、また事実だ。こうしたブームも、青山さんが薬膳の勉強を始めたきっかけのひとつだという。「健康法は色々とありますが、結局なにがいいの?って迷う時代がきっとくると思っていて(笑)。そんななかで薬膳のいいところは、唯一、食べてはいけないものがひとつもないということ。マクロビだと肉、卵、乳製品は食べませんし、ローフードは火を通さない食材であることが大前提。でも薬膳は、調理方法を含めた食材全てに意味や効能があって、良し悪しではなく自分の身体や季節に合わせて食べ分けることを大切にしている、その間口の広さが美しいなって。決して他の健康食を否定している訳ではなく、世の中にある存在も経験も全てに意味をもたらす考え方が、おおらかな人生そのものを表す気がして好きなんです」

青山さんが大切にしているのは、風土や季節に合った食べ物を身体に無理なく取り入れること。例えば、白米。確かに玄米と比較すれば栄養価は劣るかもしれないが、胃腸の弱い日本人にとっては消化しやすく、歴史から見ても大切にされてきたことが分かる。砂糖も、身体の熱を冷まし、冷える体質になりやすい成分の白砂糖より、身体を温めてむくみを取るという正反対の作用がある黒糖が好まれている。だが、素朴な味わいのキビ糖などは雑味があるのも確かであり、精製された白砂糖の美しさは、お菓子の世界ではその存在自体が素敵なのだと話す。

「一番良くないのは、駄目だと思い込んで食べた後に自分を責めること。何より身体を傷つける行為だと思います。同じ健康法でも個人差は当たり前ですから、大切なのは色々な食養を自分で試してみて、それが身体にどう作用するのかを確認すること。食べた物は必ず排泄されて、その排泄物を見られるのは自分しかいないので、便が緩かったら冷えているな、とか、体内に熱がこもれば腸は乾燥して滑りが悪くなり、便が出にくくなったり。そうやって自分の体調を見ながら、身体に合う方法を考えて取り入れていけるといいですね。人に言われたことを受け入れるだけではなく、その後の経過もしっかり見て感じることが自分への責任ではないかと思っています」

about her

Cooking Expert
青山有紀

青家代表。大学卒業後、美容業界を経て2005年に京おばんざい屋「青家」をオープン。京おばんざいと韓国家庭料理を提供するとともに、美容と薬膳の知識を生かしたスイーツなども開発している。2010年には、京甘味処とお持たせの店「青家のとなり」をオープン。料理レシピ本の出版、企業の商品開発、レシピ提供、カフェメニュープロデュース、講演会など幅広く活躍中。国立北京中医薬大学日本校卒業。2010年国際中医薬膳師資格取得。


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