THE CHEF'S KNIFE IS HIS LIFE

《資生堂パーラー》座間勝さんが30年来愛用する包丁

写真:山崎智世 取材・文:林理永
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《資生堂パーラー》座間勝さんが30年来愛用する包丁

生堂パーラーが銀座にレストランを開業して今年で86年。銀座のシンボルとして洋食を提供し続けてきた同店は、伝統を守りながらも、いつまでもモダンな雰囲気を失わない。今回は、そんな老舗洋食店で現在、総調理長を務める座間勝さんに“原点となるモノ”を伺った。料理の道に入って30年以上となる座間さんにとって、それは、コックの命とも言える“包丁”。修業時代から研ぎ続けて、30年来の付き合いとなる包丁を3本、ご紹介します。

奥から、洋出刃包丁、筋引きナイフ、肉をさばく用の短刀

「研いで使い続けているので、当時よりかなり短くなってしまいました」

—何故“原点となるモノ”に包丁を選ばれたんですか?
「資生堂パーラーでコックを始めて数年経った頃、“包丁は自分で買え”と、先輩に言われたんです。当時は20歳そこそこでお金も無かったし、人から借りた包丁を使っていたんですね。でも、“コックは自分で買った包丁を自分で研いで仕事をしていくものだ”と教えられて、初めて自分でお金を出して買ったんですよ。それがこの数本の包丁です。中には買い替えて新しいものもありますが、ほとんどが、30年以上の付き合いになりますね。僕は、常時6種類くらいを使い分けています」

—自分で研がないといけないものなんですか?
「包丁にもその人の癖が出るんです。自分で研ぐから思い通りに使えるのであって、他の人が研いだものは使えなかったりするんですよね。逆に、僕には切りやすい包丁でも、他の人には使いにくいかもしれないし。そういうことがあるので、自分で触らないとダメなんです。お金を出して買って、自分の手で手入れをしていくことが大事ですね。包丁を研ぐのも仕事のひとつ。丁寧に研いだ包丁で、“キレイに早く”切ることが、美味しい料理に繋がりますから」

—それぞれのナイフの用途は何ですか?
「一番短いもの(手前)は、肉の部位を切り分ける用の鋼のナイフです。今は肉が届く時には部位が分かれていますが、私がコックを始めた頃、仔牛に関しては半身で届いていました。ヒレ、サーロイン、モモも全て1枚になっていて、そこから切り分けるんです。それから、細長いもの(真ん中)は、ステンレス製の筋引き用です。肉のかたまりの筋をきれいに取りきるナイフです。そして、この大きくて重いもの(奥)が鋼の洋出刃です。これは重量があるので、色んなことに使っています。この鋼の包丁は、年季が入っているでしょう。本当によく切れるんです。どの型のナイフも今は手入れが手軽で見た目も美しいステンレス製のものが主流となっています。鋼は錆びやすいのですが、きちんと手入れをして、それをそのまま使用するほうが私は好きです」

「そもそも競争は嫌いだったんですが、気が付くとコックを始めて30年以上経っていました(笑)」

—資生堂パーラーに入るきっかけは何だったんですか?
「高校を卒業してすぐに資生堂パーラーの門を叩いて、“コックになりたい”と直談判したのですが、その頃は人がいっぱいで。代わりに違う店を紹介されて、2年程、広尾のサンドイッチとパンケーキの店で働いていたんです。30年以上前の話ですから、当時としてはかなり珍しいですよね。そこから2年経った頃に声がかかり、資生堂パーラーに入りました。でも、その当時は、まずウエイターからだったんです。早くコックになりたくて自分なりに努力しました。運も味方してくれて、8ヶ月程で希望通り調理場に入らせてもらえたんです」

—何故、洋食コックの道に進もうと思ったんですか?
「当時の資生堂パーラーのコックに知り合いがいまして。洋食コックの道へ入ったのは、その人がいたからですかね。その頃は“早く自立したい”という思いが強かったので、高校卒業してすぐに働き口を考えていました。それと、資生堂パーラーの前に2年働いた店の当時70歳くらいだった料理長が、僕が店を辞める時に激励の言葉を書いて額に入れて贈ってくれたんです。今でも自宅に大切に保管していますが、それに随分励まされて、これから頑張ろう、と思ったことをよく覚えています。小さい頃から料理は好きで、よく母親の横で手伝ったりしていましたよ。親戚に八芳園のコックや寿司職人もいましたから、今考えると、食には通じていたんですかね」

—料理人の道は、やっぱり厳しいですか?
「そうですね。怒られてばかりだったし、厳しかったですよ。当時は調理場に人も多くて…。それでも入りたての頃は、休憩時間に唯一、肉や魚を触らせてもらえていたんです。仕事中はサンドイッチを切ったりレタスをちぎったり、そういう作業があるのですが、休憩中だけは、やりたかったらやってもいいよ、と。だから、積極的にやっていましたね。そうすると、やらない人よりは仕事を早く覚えるから。でも、基本的に競争は嫌いなんです。気が付くと30年以上経って、ここまで来ていた、という感じです(笑)お客様に出せる料理を作らせてもらえるようになるまでは、少なくとも3〜4年はかかります」

「食材にはこだわりますが、“これじゃなきゃダメ”という頑固なこだわりではないんです。あるもので最大限に美味しい料理をご用意することを心掛けています」

—現在は、資生堂パーラー全店の“総調理長”を務められていますが、老舗の味を大切にしながらも、新しい試みもされていますか?
「フレンチというと、昔から、“この料理にはこの食材”ということが決まっていたのですが、それを他の食材に変えただけでも、新しい試みではあったと思います。“全く新しい料理”というものは、なかなか難しいんですよね。だから、自分が歴代の調理長から学んできたものを、違う形で違う時期に出す、とか。その時々の時代の空気を読んで、今、お客さまに求められているものは何か、ということは意識して出すようにはしています。食材も、“これじゃなきゃダメ”という頑固なこだわりはないんです。その時にあるもので、最大限に美味しい料理をご用意することを心掛けています」

—メニュー構成も、全て座間さんが考案されているんですか?
「いえ、今は、各店舗に調理長がいますから、それぞれにやりたいことを尊重しています。監修は僕がしていますが。どんどん次世代に繋げていきたい、という思いもありますし。でも、残念ながら今は、コックになりたいという若者自体が減ってきています。それが一番の懸念事項ですね」

カフェ、レストラン、ショップなど、複数の店舗を擁する、東京銀座資生堂ビル。座間さんは、この本店のみならず、全国各地に点在する、資生堂パーラーの系列店全ての総調理長を務めている。

東京銀座資生堂ビル
東京都中央区銀座8-8-3
03-3289-2099(広報直通)
www.parlor.shiseido.co.jp

about him

Executive Chef
座間勝

1960年神奈川生まれ。1980年、株式会社 資生堂パーラー入社。資生堂パーラー支店や「ロオジェ」を経て、2005年、資生堂パーラー銀座本店調理長に。2010年には、資生堂パーラー銀座本店総調理長に。2014年、資生堂パーラー総調理長に就任。


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