STONE GROUND XOCOLATE

一枚の“コイン”に見るチョコレートの歴史

写真:植村忠透 取材・文:谷口暁子
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一枚の“コイン”に見るチョコレートの歴史

沢と等々力を南北に繋ぐ駒沢公園通りの中間に位置する深沢。東西に桜並木が走る呑川緑道など、緑豊かなその住宅地の一角に、ガラス越しに木の温もりが伝わる素朴な佇まいのお店がある。そこが、一畳ほどの小さな店舗も備えたxocolの工房だ。

たっぷりの陽射しが差し込む明るい店内。

チョコレートの概念を覆す「タブリア」との出逢い。

店主の君島香奈子さんがxocolを営むきっかけとなったのは、2011年に旅行で訪れたフィリピンでのこと。フィリピンには、「タブリア」と呼ばれるカカオ豆をペースト状にしてタブレット状に固めた食べ物がある。少し粗めの粒子のそのカカオを、現地では、お湯で溶かしてミルクと砂糖を入れてチョコレートドリンクにしたり、お粥に入れておやつに食べたりしているという。それは、君島さんのそれまでの“チョコレート”の概念に大きな変化をもたらす出逢いだった。

君島さんをチョコレートの世界へと導いた「タブリア」。

年間を通して高温多湿のフィリピンでは、もちろん他国からの輸入製品はあるものの、いわゆる私たちが普段口にしているようなチョコレートは、溶けてしまうからあまり作られていないのだという。「世界には、こういうチョコレートの楽しみ方もあるんだなって。チョコレートというか、カカオですよね」。

カカオ100%のタブリアで作るチョコレートドリンクは、初めのうちは、濃厚さゆえに喉を通るときの独特な味わいに少々抵抗があったという。だが3日も経つ頃には、その芳醇な香りと味わいにすっかり魅了されていた。フィリピンから帰国後、君島さんは、持ち帰ってきたタブリアが日に日に数を減らすのを焦る気持ちで眺めながら、日本でもあの味を再現しようと独学でチョコレートづくりを始める。

チョコレートドリンクは店頭でもいただける。

「チョコレートがどういった食べ物なのかは、チョコレートに教えてもらいました」

当時、既にアメリカではカカオ豆の焙煎から成型までを一貫して行うスタイルの「Bean to Bar」のチョコレートが定着しつつあった。チョコレートも今やサードウェーブを迎え、シングルオリジンで豆の味を楽しむのがトレンドだ。アメリカの多くのBean to Barは、南インドの伝統料理・ドーサを作るメランジャーという機械を導入しており、君島さんもそれに倣ってカカオ豆と砂糖を合わせてペースト状にしてみると、チョコレートは思ったよりも早く形になったという。だが、Bean to Barが盛んなアメリカと日本では気候が異なる。

「チョコレートがどういった食べ物なのかは、チョコレートに教えてもらいましたね。湿度の高い日本の夏は水分が入り込んでしまうので、パリッとしたチョコレートは冬場にしか作れないなど、身を以て体験しました。本を読めばチョコレートの作り方はいくらでも書いてあるのですが、実際には溶かす温度や固める温度は、季節によっても豆によっても、少しずつ違いますからね」。

趣味で始めたBean to Barのチョコレートづくりから約1年。いよいよ君島さんオリジナルのチョコレートづくりが始まる。「アメリカのBean to Barを真似ても個性がないので、自分なりのオリジナリティを探し始めた頃からは試行錯誤の日々です。カカオ豆の焙煎器を自分で作ったこともあったのですが、火加減が難しく焦げやすかったので、最終的には、ずっと失敗がなく焙煎できる市販の電気オーブンに落ち着きました」と笑いながら当時を振り返る。こだわりを持ちながらも、文明の利器をバランス良く取り入れる柔軟な姿勢に潔さを感じる。

焙煎されたカカオ豆。工房にはカカオの芳しい香りが広がる。

xocolのチョコレートメニューは、どれもユニーク。

古くて新しい感覚のチョコレート。

xocolでは、現在、ベトナム産、パプアニューギニア産、コロンビア産の三種のカカオ豆によって、味のバリエーションが楽しめる。なかでも人気のコイン型チョコレート「美しい鳥 QUETZAL(ケツァール)」は、カカオとグラニュー糖のみで作られている。これは、古代のチョコレートと言われるイタリア シチリア島のモディカ地方で作られているモディカチョコレートの製法で、砂糖の粒子を残したザラつきのある独特の食感が特徴だ。ユニークなネーミングは、アステカ族がカカオ豆を通貨としていたことと、カカオを授けたとされるケツァルコアトルという農耕神の使いと信じられていた鳥“ケツァール”が由来している。

「噛んでしまうとあまり分からないのですが、口の中で溶かしながらいただくと、砂糖がじわっと溶ける瞬間に笑みがこぼれます。味わいも面白いですし、小さい規模にはちょうどいい製法なんです」と話す君島さんが目指すのは“古くて新しい感覚のチョコレート”。「チョコレートはコンチングされていて当たり前だと思っている時代なので、ジャリジャリとした食感を楽しめる“コイン”は新食感と表現されるのですが、実は昔からあるもの。今身近にあるチョコレートは、時代とともにコンチングで滑らかになり、乳化剤やカカオバターなどが添加され、少しずつ形を変えていったものなんです」。

コインチョコレート。裏面は砂糖の粒で凸凹している。

コンチングは、チョコレートを滑らかにすり潰すためにカカオバターなどの油脂を加える工程のことなのだが、君島さんのチョコレートは、カカオバターを加えなくてもすり潰せるギリギリの流動性を保っている。その秘密は、カカオ豆を挽く機械にある。豆を挽く工程は非常に手間のかかる作業で、粘性の強さに加え、冬場はすぐに固まってしまうのだという。そうしたカカオの特性を考慮しながら日本製にもこだわった機械は、メーカーの方と研究と改良を重ねカスタマイズされた渾身の一台。「もともとは小麦や蕎麦を挽く石臼の機械なのですが、メーカーの方もチョコレートに興味を持ってくださり、とても好意的に協力してくださっています」。

カカオ豆をすり潰し、ペースト状にした塊。「決して笑顔が出るような味ではないですよ」と、差し出された欠片を一口。見た目はチョコレートでも、渋味と酸味の強いカカオそのもの。これに砂糖を加えて型に流し込み成形する。

シンプルだからこそ誤摩化しのきかない無添加チョコレート。

プロフェッショナルの知識と技術、そして探究心が合わさり生まれたxocolのチョコレートは、カカオと砂糖だけというシンプルな原料だからこそ誤摩化しがきかない。「砂糖をあまり加えてしまうとカカオの味が消えてしまうので、だいたいカカオ70%砂糖30%の割合で作っています。ただ、カカオの味が分かる分、お子様には嫌がられることもありますね。60〜63%くらいにすると、嫌がる方はほとんどいなくなるので、カカオの味の出し方は60〜70%くらいがボーダーラインなのかなと考えています」。

xocolのチョコレートは、口にいれた瞬間は全くといってよい程甘みが感じられない分、君島さんが話す通りカカオとは一体どういう味なのかが存分に理解できる。香り高いカカオの風味が鼻をぬけ、苦味がじんわりと滲むと同時に砂糖の甘みが溶けだし、最後にはほのかな酸味も相まった三位一体の味わいとなる。

「今、新しく砂糖違いのチョコレートを試作中なんです」と、新作にも意欲的な君島さん。純粋な好奇心を原動力にスタートしたxocolは、おいしさを追求した結果として、昔ながらの製法に倣った無添加のチョコレートになった。“古ければ良い”“無添加だからおいしい”というのは実に安直な考え方であって、私たちは、物事の本質となる生産者や販売者の想い、そのものの背景や歴史を知ったうえで選択するという責任を担うべきフェーズにいるのではないだろうか。

about shop

CHOCOLATE SHOP
xocol

東京都世田谷区深沢5-1-23
03-6432-2265
14:00〜19:00
不定休
www.xocol.jp


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