PHILOSOPHY BEHIND THE COMFORTABLE HEELS

《SAKIAS》という東京の靴学(後編)

写真:間部百合 取材・文:伊藤有希子
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《SAKIAS》という東京の靴学(後編)

イヒールに魅了され、勤めていた会社を辞職。靴の勉強をスタートして10年後、2012年にシューブランド《サキアス》をスタートしたデザイナー瀧見サキさん。紳士靴の製法からシューズの基本と木型を学び、独学で得た解剖学からヒントを得て、ハイヒールにコンフォートシューズ(健康のための整形外科靴)の要素を融合した。さらに権威者と呼ばれる各ジャンルのマスターたちも巻き込みながら、デザインと履き心地の両方を叶えるハイヒールをとことん追求。感性でモノを選ぶ女性の「かわいい!」という視点からもぶれることのない靴作りは、唯一無二のもの。そんな彼女を突き動かす原動力は、どこにあるのだろうか?

トラディショナルスタイルの父親と敏感肌の母親

自身が納得できるハイヒールが実現化するまで、手掛けてきた試作品は数知れない。ここまでの労力と時間を費やせたのは、一体どうしてなのだろうか。その理由は彼女が生まれ育ってきた環境にあった。

「私にとって、“値段が高くても安くてもハイヒールは痛くなるもの”というのが人生初にして最大の謎でした。小さい頃から何かになりたいという訳でもなく、疑問も持たず、両親の教育方針に従ってきたんです。そして特に強い意志もないまま企業に就職しました。しかも、服にもそこまでの興味はありませんでしたね。ただ、モノへの愛着は強い方だったかな。というのも、父がすごくトラッドで雑誌を読むこだわりの強い人だったので、その影響ですね。靴は《エドワード・グリーン》、シャツは《ブルックス ブラザーズ》、化粧品は《アラミス》というのが父の定番でした。加えて母親はかなり敏感肌。金属や合成繊維が一切ダメだったから、素材や作りがいいものを選んで生活するという環境で育ちました。私自身も幼い頃は、オックスフォードのシャツかポロシャツにチノパン、靴はウィングチップの革靴やサイドゴアブーツ、ローファーとかトラッドのものばかりでしたね」

ハイヒールとは縁遠いところにいた瀧見さん。女性であれば幼少期に体験していてもおかしくない“大人の女性に憧れて母のハイヒールをこっそり履いてみる”なんていう経験も記憶にないという。

「母もシンプルな人で父と近いもの選びをしていましたから、ハイヒールを履いているところを見たことないかもしれない。だから私には、ハイヒールが大人の女性の象徴という概念がありませんでした。自分自身が大人に近づいてもそこに興味が向かうこともなく。父親のおすすめを卒業して自分で服を選ぶようになってからも、《A.P.C》が大好きな時期とかが長かったです」

トラッド少女を魅了したハイヒール

ハイヒールを履き始めたのは、大学生も終わりの頃。きっかけは、東京でお洒落をしてクラブに遊びに行くようになったこと。トラッドではない服を着てハイヒールの靴を履いたときの感覚は、今でも鮮明に脳裏に焼き付いている。それはまさに、女に目覚めた瞬間だったようだ。

「はじめてハイヒールを履いたときの高揚感はすごかったです。その後もモデルのお手伝いをする機会があって、制服として与えられた女性らしい靴を履いたりしているうちに、いつの間にか虜になっていました。それで色々と買って履いてみたことで、“好きな靴なのに履いていると痛い”という問題が浮上したんです。きっとみんな、大人になってから突然ハイヒールに出会う訳ではないから、そこまで疑問に思わないのでしょうね。もし母が女性らしい靴を履く人で、小さな頃からハイヒールが特別な日に履く靴だということを知っていたら、私もこうはならなかったのかもしれません(笑)」

1990年代は、トム・フォードが手掛ける《グッチ》に心酔。ファッションに関しては父親の影響しか受けてこなかった瀧見さんにとって、トム・フォードが打ち出した女性像は革新的だった。

美しい靴を美しく履く方法

靴作りをする中で、彼女に影響を与えたのは、時代を彩るデザイナーたちではなく、職人さんたちであった。なかでも、皇后美智子さまの靴の制作を担当していた職人に巡り会えたことが、大きな転機となったという。

「靴底ばかり見続けてきた方なのですが、他の分野の技術はものすごく発展しているのに50年間ほとんど進化しない靴底に疑問を持ち始め、彼女もまた、独自に実験をされていました。同じことを思う、ベテランの女性の職人さんがいたことにはすごく勇気づけられました。そういう同志のような人を、人から人が繋いでくれるんです。あとは、シューフィッターの資格を取った後に参加していた勉強会で出会った先輩のシューフィッターさんたち。フィッティングのプロたちは製造者じゃないから、靴の理想を語るんです。そこには目から鱗のアイデアもたくさんあるんです。彼女たちに言われた言葉で最も印象に残ってるのが、『いい靴の条件は、つま先立ちをしたときにかかとが付いて来て、足先の指がもぞもぞできること』という考え方です。技術者側からだと、無理が分かっているから出てこない意見も、フィッターさんたちはすらすらと言ってしまう。この条件が、自分の中では基準になっていますね」

絶妙なバランスで設計される《サキアス》のソールは、コレクションブランドのショーのために、極端な造形を得意とする職人による手作業。ブランドをスタートする以前、仕事ではないのに資材屋に通い詰めている彼女を見かねて、店主や関係者が職人たちを紹介してくれたのだという。そんな彼らとの繋がりも《サキアス》の財産となっている。では現在、彼女が抱える課題とは何だろう。

「今はファッションとしてのデザインが一番の課題です。ファッションブランドとのコラボレーションとかにも、積極的にチャレンジしなくちゃいけないなって思ってはいるのですが……。いい素材を使うのはもちろん、履いたときの美しさと機能性を損なわずにファッション性を加えられたら理想的です。あと、足が美しく見えるフラットシューズと、プレーンパンプスの木型に挑戦中。トレンドに木型を左右されたら本末転倒ですが、それが可愛いものであることが大切ですからね」

インタビュー後、「カトリーヌ」を試着させてくださいとお願いすると、さすがはシューフィッターといった身のこなしとトークで、履き方のアドバイスをしてくれた。「足を組んで手で靴をはめると、履く時に頭がさがらないので血流も悪くならないし、何より、履く姿勢が美しく見えますよ」。足への負担軽減はもとより、履き姿、歩く姿のケアまで徹底する、美意識の高さ。しかし何より印象的だったのが、履き終えて立った私の姿を見た時の感想。それまで職人気質ただよう口調で語っていた彼女から「キャー!かわいい!!」と黄色い声。そのいかにも女性らしい反応に、《サキアス》が「見た目でモノを選ぶ私たちの好みを外していない」その理由はここに尽きると思い知る。デザインと履き心地の両立を目指したときの矛盾と、どこまで向き合えるか。出来上がった靴に足を入れた時の女性としての快感が、手間を苦とは思わない彼女の原動力なのかもしれない。

左から “セシル・ミリュ” ¥55,000、 “カトリーヌ・リュクス” ¥65,000、 “セシル” ¥57,000

about her

Shoe Designer
瀧見サキ

1977年生まれ。大学卒業後に留学、帰国後は企業に勤めるが、靴の世界に興味を持ち、靴作りの専門学校に入学する。学校で学んだ伝統的な靴づくりと独学で学んだ解剖学、シューフィッターの観点から考察を重ね、2012年自身のブランド《サキアス》をスタートする。


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