PHILOSOPHY BEHIND THE COMFORTABLE HEELS

《SAKIAS》という東京の靴学(前編)

写真:間部百合 取材・文:伊藤有希子
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《SAKIAS》という東京の靴学(前編)

「キャー! かわいい!!」「このデザイン好き」「足がきれいに見える」。私たち女性が靴を選ぶ時の決定打は、だいたいこんなところではないだろうか。好みや第一印象、履いた時の見た目の美しさだけに酔いしれて買う。それがハイヒールならば尚のこと。履き心地は? 痛くならなかったらラッキーで、長時間歩けば足に負担がかかるのは仕方がない。しかしそれを仕方がないで終わらせず「なぜ、履き心地がいいハイヒールがないの?」という疑問にとことん執着する女性がいる。会社を辞め、靴の研究をゼロからスタート。10年以上を費やしてブランド立ち上げに至った《サキアス》のデザイナー、瀧見サキさんの話を聞きにアトリエへ向かった。

足に優しいデビュー作『カトリーヌ』

イヒールというのはある種、嗜好品である。そんななか、「芝生の上を歩くような心地良さ」というモットーを掲げる《サキアス》は、そんな固定観念さえ覆えす。なぜ瀧見さんはここまでして、履き心地にこだわるのだろう。それは東京での生活が大きく影響していた。

「10万円の高価な靴を履いた日も、手頃なパンプスを履いた日も、どちらにしても足が痛くなりますよね。デザインの違いはもちろん理解できるのですが、ハイヒールだけは、値段が高ければ痛くないという理屈が通らない。その謎にはまってしまったのが2000年頃です。それまで服飾を学んだことがなかった私は、ハイヒールが階級社会の象徴だと知るのが人より遅かったというのもあります。ハイヒールを履く日は車で移動し、立っている2時間は“アクセサリー”として痛みを我慢する。女性を美しく見せるための道具だとはじめから理解していれば、そこまで探求することもなかったのでしょうが、東京ではどこに行くにもその一足で動きますよね。オフィスワークをしていた当時の生活を思い返しても、ハイヒールで出かけたら、一日中その靴で過ごしますから、毎日どうしたものかと。それで仕事を辞めて、靴の勉強をはじめました。ブランドを立ち上げようという目標は特になく、目的は痛くないハイヒールを作ること、ただそれだけ。そして10年かけ、ようやくカタチになったのが、プラットフォーム2cm、ヒール9.5cm、底材にEVAを使い、アンクルを覆う羽のようなカバーにシューレースを施したピープトゥの“カトリーヌ”という靴です」

《サキアス》のハイヒール第1号となった“カトリーヌ”が完成した時、その履き心地を自らで実証するために瀧見さんがとった行動は、徒歩と電車を使い、自宅から一時間ほどかかる美術館までを往復することだった。その結果、足下にストレスを感じることなく、展示作品を楽しむことができ、さらにバンドエイドを買わずに帰宅できたことで、“カトリーヌ”の成功を確信したのだという。社交界というカルチャーがない日本だからこそ生まれた、一日中歩けるヒールという発想。《サキアス》はまさに、東京らしいハイヒール。

《サキアス》のファーストプロダクトとなった“カトリーヌ” ¥47,000

紳士靴の木型が、つま先立ちをしたら?

ら体感したハイヒールへのストレスに疑問を持ち、会社員から靴職人への転身を志した瀧見さん。しかし、ハイヒールの作り方だけを教えてくれる学校は存在しなかった。そもそも靴作りを学ぶには、デザインをするのか、もしくは伝統的な技術を習得するかの2択なのだという。

「これも後で知るんですが、婦人靴の製作って基本はすべてが分業で、デザイン、型紙作成、縫製する人などに分かれていて、一足作るにも各工程をアウトソーシングするんですね。お洋服と同じく靴にも流行があります。先が丸くなったり尖ったり、デザインの入れ替わりが激しいから、それを量産するとなるとワンストップでは生産性が悪い。重視するべきは流行であって、履き心地は二の次。だから、足のことを考えたハイヒールはそもそも需要がないのかもしれない…と何度考えたでしょうか」

そんな心の葛藤を抱えていた彼女は、ある一足のハイヒールに辿リ着く。それは1960年代〜70年代に作られた《シャルルジョルダン》のヴィンテージの赤い靴だった。というのも、当時の《シャルルジョルダン》のハイヒールは、デザイン画から小さなパーツの製造まで、すべて自社工場で行っていたのだ。この作り方に、ひとつの解決策を見つけ出す。それもまた容易ではない選択であったことは言うまでもない。

1960年代〜70年代に作られた《シャルルジョルダン》のヒール。ヴィンテージショップで見つけて感動し、譲ってもらったという。

そうして、シューズデザインではなく、一から靴作りの基礎を学ぶことをはじめた瀧見さん。伝統技術の学校に入学し、まず技術の基本として習得したのが、紳士靴のハンドソーンの底付け製法だった。

「学校での授業はもちろん、それ以外の時間はもっぱら独学で勉強していましたね。人の骨や筋肉の動きを知るために解剖学の本を読んだり。そうこうしていくうちに、“つま先にかかる重力を土踏まずやかかとに分散すれば足の負担が減る”という考えに行き着きました。木型の先生にも協力してもらいながら“つま先立ちの木型”作りの始まりです。解剖学から手探りで編み出した計算式と、自分の足の感覚を頼りに理想の形を目指して、黙々とつま先立ちの木型を彫る作業。週にひとつのペースで延々と、木型と靴を作っては修正を繰り返していました。でも、納得のいくものはなかなかできなくて…」

アトリエには、靴の学校へ通っていた頃の制作物、さらに靴や人体学に関する本がところ狭しと散在している。解剖学など専門的書が多い中、建築家バーナード・ルドフスキーが文明と体の美学を写真と文で紹介した「みっともない人体」が紛れていたのも印象的だった。そして週1回のペースで作っていたという木型や靴は「これでもかなり処分したんです」という言葉が信じられないほど膨大な量で、今も尚丁寧に保管されている。

「7.5cm」理想の数値との出会い

他の生徒が紳士靴の木型を作っている横で、つま先立ちの木型を彫り続けた瀧見さんだが、どこを着地点にするのかを見失ってしまう。そこから、伝統的な靴の製法とは別方向のアプローチが必要かもしれないと気づくのだ。

「靴の種類に、コンフォートシューズというのがあるのをご存知ですか?ドイツの病理学が元になった靴で、外反母趾とかトラブルを治療するためのもの。例えば《ビルケンシュトック》もそのひとつ。ハイヒールでの問題が「痛み」なのであれば、これが役立つかも!とひらめきました。コンフォートシューズの本を読みあさり、著者の先生に会ったりもしました。そうしているうちに、足底板を作製しているドイツ整形靴技術者の方に出会うことができたり。こうした相談を受けたのは初めてだとおっしゃっていましたが、ハイヒールを履いた状態のつま先立ちの模型を作ってもらったんです。それで意識改革ができました」

つまり、伝統的な靴作りに必要とされる技術と人体の科学は、意外にも近くて遠い存在だったのである。

「人の足の形は変わらないのに、デザインによって靴底や形が変わって行くように、医学や科学がリンクしているようでしていないのが靴の世界。というか、ハイヒールは特にそうなんです。そうと分かってからは、歩行研究の権威者と呼ばれている方と実験をしたり、ドイツ整形靴について勉強したりシューフィッターのフィッターの資格もとりました。《サキアス》のヒールの高さも理由があります。人が1cm、2cmと背伸びをしたときに骨や筋にかかる体重と腰にかけて伸びる神経への衝撃を調べた結果、負担が少ないぎりぎりのところが7.5cm。その計算に基づいているんです。シューレースの位置も足に張り巡らされている神経により遠く、負担が軽減できる位置にしていたり。《サキアス》の靴のデザインには、ひとつひとつしつこいくらいに、理由があるんです」

すべてのディテールに意味がある。足にとっての役割が説明できなければ、デザインとして穴ひとつあけることもできないという徹底ぶり。女性らしい見た目の印象とは異なり、言わば男性的なスペックへの強いこだわりに驚かされる。その性格は、幼少期の体験が影響しているという。【後編へ続く】

about her

Shoe Designer
瀧見サキ

1977年生まれ。大学卒業後に留学、帰国後は企業に勤めるが、靴の世界に興味を持ち、靴作りの専門学校に入学する。学校で学んだ伝統的な靴づくりと独学で学んだ解剖学、シューフィッターの観点から考察を重ね、2012年自身のブランド《サキアス》をスタートする。


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