TARUI BAKERY

進化し続ける樽井さんのパン

写真:前田景 取材・文:荒井江里
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進化し続ける樽井さんのパン

「樽井さんのパンには魂が入ってるんだよね、それが写真にちゃんと写る」

とあるスタイリストに言われた。なるほど「タルイベーカリー」のパンはたしかに生命力あふれる生き物のようだ。樽井さんといえば、天然酵母のパン作りの草分け的存在である富ヶ谷の「ルヴァン」出身。カンパーニュやバゲットといったストイックなパンが身上というイメージだった。ところが、彼はそんな印象を軽々と飛び越えて自分のパンを追求し続けている。日々パンと向き合い、導き出し、明日試す。それはまるで会話するかのように。

女王様を触れるかのようにいつも気にしてほっとけないパン

「自家製酵母のパンはそんなに気をかけなくてもお互いに歩み寄れるんだけど、食パンはイーストが入っているだけに気をつけていないと行きすぎてしまうんです。たった3分で発酵具合が変わるから気が抜けません。女王様を触れるかのようにいつも気にしてほっとけないパンです。今まで作ってきた天然酵母のパンとまったく違うタイプ。だからうまく焼き上がったときは感動ですね。ああ、うまくいった!って。パッと型を開けた瞬間にピシッとホワイトラインが入ってて、出してみるとそこはかとなく良い色がついていて。やっぱり日本のパンは、何はともあれ食パンですからね」

オープン当初は焼いていなかった食パンを作り始めた樽井さん。そのきっかけを聞いてみたらこんな答えが帰ってきた。

「食パンは日本のパンのスタンダードとして挑戦したかったですね。とくにオープンしたての頃、よく来てくれた近所のおばあちゃんが『食パンはないの?』と聞いてくれて。自分は食パンをやらないと。と思いました」

それから試行錯誤が始まる。粉の配合を変えたり、甘みはもう少し甘いほうがいいんじゃないかと、きび砂糖の量を1%ずつ上げていって、ようやくいまの感じに辿り着いた。納得するまでとことん向き合い、突き詰める。これから先ももっと材料を吟味していきたいと言う。地元の人に、買いにきてくれる人に、喜んでもらいたい。その気持ちが真っ直ぐにあるからこそ、作るパンのラインナップや使う材料も日々進化する。

このパンに、この人あり。

あんパンの餡に白砂糖を使うかでも悩んでいた。当時働いていた「ルヴァン」ではなるべくオーガニックなもの、精製されていないものを使おうという意識があった。その価値観に凝り固まらず、よりお客さんに喜んでもらえるものを素材によって追求する樽井さん。職人ならではの譲れないこだわりがありながら決してエゴを押し付けず、軽やかに楽しみながらパン作りをする人だ。

「一番にはやっぱり顔がみえる人に手渡せるっていう幸せ感がありますね。求めてきてくれる人にはなんとかしてあげたくなる。自家製酵母のパン屋さんはあまり食パンはやらないんだろうけど、日本だしここは。ハード系のパンにこだわるというのは自分の中にはないです。食べたいものってシチュエーションによってもちがうし、時間帯によってもその人の体の疲れ具合とかハッピー度合いによってもすべて変わってくるので。だからそんなに決めつける必要はないのかなと思います。硬いパンを食べたいときもあれば、食パンを生で食べたいときもあって、甘いパンが食べたいときもあるし」
さすがは元ソムリエ。そう、彼はパンを焼き始める前までフレンチの料理人を目指してレストランで仕事をしてきた。だからこの人には背中にも目がついているんじゃないかと思うほど、まわりがよく見えている。入ってきたお客さんの様子を見て、何を求められているのか瞬時に読み取ってしまうのだ。さらに分刻みでパン生地の変化を見たり作業をしながら、お客さんの出入りがあると厨房から「おはようございます」「ありがとうございました」「いってらっしゃい!」と可能な限り声を掛け、お客さんと接する。パンはもちろん言うまでもなく、彼の言葉には魔法がかかっているかと思うくらい人を元気にする。夜明け前から閉店までたくさんの人にエネルギーを分け与え、帰り道には大好きな自然派ワインをひっかける。ストイックになりすぎず楽しむときはとことん楽しむ。この力の抜き加減から生まれる活力が「タルイベーカリー」には充満している。

そしてもうひとつ、ワインに精通した樽井さんならではのものがある。それはパンの命とも言える酵母だ。「タルイベーカリー」の酵母は、山梨で自然派ワインを造る「ボーペイサージュ」の岡本英史さんの畑で実ったブドウからおこした自家製酵母を使っている。自然の力で育ったブドウの逞しさが酵母にも現れていて、ほかのブドウからおこした酵母よりも生き生きとして力強いそうだ。毎日この酵母を継いではパンを焼き続ける。そのパンを樽井さんはワインを味わうかのようにまず香りを楽しみ、口に含む。その姿は彼を支える生産者、材料、お客さん、スタッフ、家族すべてを慈しむかのようで、ああ、やっぱりこのパンに、この人ありだと納得させられる。

自らの魂を注いでパンを焼き続ける樽井勇人さん。これからも彼の進化から目が離せない。

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TARUI BAKERY

タルイベーカリー
東京都渋谷区代々木4-5-13
03-6276-7610
9:00-19:00 ※食パンの焼き上がりは12:30頃
月曜休


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