長島有里枝「背中の記憶」

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日本に帰省する度に会う人がいます。長島有里枝さんです。私は一見フレンドリーな性格に思われますが、お酒が飲めないことや、周りに気をつかいすぎるとことがあるために、人と楽しく時間を過ごすことはあまり得意ではありません。そのため、反対に自分から会ってもらいたいと連絡する時は、強い気持ちがあります。毎年会いたいと自然に思える有里枝さんは、私にとって大切な存在です。

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有里枝さんに最初に会うことになったきっかけは、3年前に自分の出版社セッション・プレスから、有里枝さんの写真集を制作したいと願ったことに遡ります。その頃所属されていたスカイ・バス・ハウス・ギャラリーの久保田さんと金井さんを通じて、恵比寿の三越デパートの一階にあるカフェでお会いすることができました。ダシュウッド・ブックスに10年前勤めた頃から、私は有里枝さんの作品の大ファンで、特にデジャブの「ニュー・トーキョー・フォトグラファーズ」(No.18 Autumn,1994) に掲載された作品は強く心に響きました。有里枝さんの撮る若者像やセルフ・ポートレイトは90年代後半に、業界で「女の子写真」と大雑把に分類されましたが、私は、個人的な経験を記録する作品とは一線を画し、その時代の若者や女性のあり方を社会的に広く問い、また人の存在自体の切なさについて追求しているように感じました。綺麗に、お洒落に、カッコよく撮ることなど、有里枝さんの作品からは感じられず、まず、一貫して表現したいことがあり、その強い意志のまま対象に向かっているように思いました。それでいて、けっして押し付けがましくなく、みる人の多様な解釈を受け入れる懐の深さが感じられ、私は、有里枝さんの写真の虜となったのです。
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最初にお会いした時の感想は、写真集から受けた作家像と同じで、真っ正直に自分の気持ちに向き合って生きている美しい人だと思いました。 海外で周りに少しでも認められたいがために、虚勢を張ることを覚えた自分を恥ずかしく感じたことを思い出します。初めてのミーティングは、自己紹介と自社から発表した岡部桃さんの写真集、「バイブル」を見て頂くことに留まり、実際に出版についての話は進みませんでしたが、有里枝さんは、以前に制作したエッセイ「背中の記憶」を英語に直し、海外の人たちにも読んでもらいたいと話してくれました。この本は、ご存知の方も大変多いと思いますが、2009年に講談社から出版され三島由紀夫賞候補にも選ばれたたハードカバーの書籍です。(2015年には文庫として同出版社から出版されました) 海外の人にどのような印象を与えられるのか興味があるということでしたので、日本近代詩に造詣が深く、翻訳を専門としている、 アメリカ人の友人、ダニエル(今まで、セッション・プレスの写真集の英語訳をダニエルに全て任しています)を紹介し、自分にできることがあったら是非協力させて欲しいと伝えました。

この「背中の記憶」は、70年代後半から80年代前半に幼少期を過ごした有里枝さん自身の日常が綴られて、文学界ではエッセイというジャンルで括られていますが、私には小説のように思います。それは、30年以上の前の記憶を克明に表すことなど、創作なしにはできないと思うからです。私は、折に触れて、この本を開くことがあります。 有里枝さんの文章は、ご自身の記憶をもとに書いているのに、読んでいるうちになぜか私自身の家族や昔のことを思い出させてくれる不思議な力があります。

 

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私の両親は東京都の教師として定年まで勤めていました。二人とも職場で全力を注いで働くためか、家に帰ってくると誰とも話したくないほど疲れていて、なんとなく家は暗い緊張感があったように思います。近くに住んでいる祖父母の家に学校から帰ると立ち寄り、特に中学校に上がるまでは、大変お世話になったのですが、大正生まれの祖父は気性が荒くまた、言葉の悪いところがあり、自己主張の強くない祖母を相手に、絶えずなじる様子を側で見ることがつらく、努めて外で遊んでいたように思います。自分の家族への思いだけでなく、小学校の先生が何気なく言った言葉に傷ついたことや、友達のお母さんが出してくれたお皿に並べたお菓子が素敵であったことや、主役で出場するはずだったクラスの学芸会が途中で中止になり残念に思ったことや、プールに行った後に自分の部屋の畳の上で寝転がり、窓から見えた空が青くて美しかったことや、祖母が作ってくれたおにぎりがおいしかったことなど、幼少の頃の出来事を、有里枝さんの文章を読んだ後は必ず思い出すのです。

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東京も同じだと思いますが、ニューヨークは競争のかなり厳しい社会です。より良い仕事をするために、気づかないうちに仕事に直結するような内容の専門書ばかり読むようになってきてしまいました。後ろを振り向くことなく、ただ次にこなすべきことに向かって日々前進していかなくてはいけない切羽詰まった気持ちに苛まれて、心が枯れていくのがわかります。そんな時に、有里枝さんの本を読むと、自分のルーツを改めて考えることができ、そして切ない気持ちとともにあたたかい思いに包まれ優しい気持ちになれます。素の自分の姿を感じることで、心を休息させることができるためかもしれません。日々、頑張りすぎる自分から離れて、ただこうしていることがありがたく、そして楽しいことばかりではなかったけれども、大切に思ってくれる家族や友人があったことを思い出すことは、実践的な本を読む以上に、自分にとって大切なことだと思うようになりました。
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私も心からこの本の英語版が出版され、より多くの人に読んでもらえたらと願っています。そして、まだ有里枝さんの「背中の記憶」を読んでいない方は、書店に行く機会があれば是非手に取って見て下さい。前へ、先へと進まなくてはいけない忙しい日々に、こんなに柔らかい気持ちにさせてくれる本と出会えることは、素敵なことだと思います。

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撮影:三浦義晃

 

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